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Numerology


 

■ 逆数の詳細説明 ■

 

★下記の小題をクリックすると各項目へページ内移動します★

 

        1. 逆数とは何か?

        2. 逆数はどのように性格に表れるのか

        3. 基本数&逆数の性格詳細(導入)

            3.1. 「1⇔8」について

            3.2. 「2⇔7」について

            3.3. 「3⇔6」について

            3.4. 「4⇔5」について

            3.5. 「9⇔9(0)」について

 

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1. 逆数とは何か?

 

 

逆数とは、お互いの数を足すと9となる組み合わせ(より正確には合計の数字根が9となる組み合わせ)を指します。

ここで改めてわかりやすく以下に示してみましょう。

18
27
36
45
990

たとえば
1の逆数は86の逆数は3、というように言い表します。
ただし
9だけは少し変則的となっており、9の逆数は同じ9でもあり0でもある、という言い表し方となります。

上記の理由ですが、単数変換をする際には
9を省略できます(九去法)。
また計算の結果
0となった場合は、9を代入するルールがあることから、9≒0とみなすことにしております。そのため、9の逆数は0ともなる、というわけです。

 

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2. 逆数はどのように性格に表れるのか

 

 

それではこの逆数はいったいどんな形で我々の性格や行動原理に結びつくのでしょうか。

たとえばその人が
基本数通りの本質を持っていたとして、幼い頃はそんな本質がそのままストレートに現れていても、成長と共にそのストレートさが通用しなくなるケースがあります。

基本数についてはこちらをご参照ください

やんちゃな子供であれば、そんなやんちゃ振りを親や先生などの大人に叱られたり、「
そんなことしちゃ恥ずかしいでしょ!もっとおとなしくしなさい!」などとたしなめられることが多いと思います。

そんな風に叱られたり、または自身のやんちゃ振りで大失敗してしまった場合は、「
もうこんな目に遭わないようにおとなしくならなきゃ!」などと自らを律していくことも多いでしょう。

そうすることで家族や学校などの集団内にて、皆が心地よくいられるように、そして自らも不快な思いをしないように慎ましくなっていくというわけです。



それでは逆に本質がおとなしい人の場合はどうでしょうか。

あまりにもおとなし過ぎることで、親や周りの大人が「
もっと活動的にならなきゃダメよ!」などと奮起を促してくるかもしれません。

また、自身がおとなし過ぎることに自己嫌悪したり、他人のアグレッシブさを羨んだりすることで、真逆の活発なキャラクターを演じるようになることもあります。

更にはおとなしいあまり何でも心の内に閉じ込めてしまう人の場合は、反動的に活発な言動でもって溜まったストレスを開放しようとすることもあります。

どちらのケースにも言えるのは、
元々の本質とは真逆の性質を後天的に持ち合わせることがある、ということです。



ちなみに基本数が
奇数(動的)の人の場合は逆数が偶数(静的)となるので、たとえるならラフな格好で自分らしく生きている人が、社会の中でルールに沿って暮らしていくためにフォーマルを着るような感じとなります。

そして基本数が
偶数(静的)の人の場合は逆数が奇数(動的)となるので、たとえるならフォーマルばかり着て堅苦しい思いをしている人が、ラフな服を着て気楽になるような感じです。

つまりは
基本数1の人は逆数の8も同時に持ち合わせており、基本数6の人は逆数3を持ち合わせているということになります。

ここで問題となるのは
基本数9の人ですが、偶奇数(偶数と奇数の性質を併せ持った数)である9の逆数は同じ9でもあり、そして0(奇数でも偶数でもない数)でもあるということになります。

基本数9の人は1から9のすべての数の要素を持ち合わせているため、そもそも逆数を持ち合わせる必要がないとも言えます(だから逆数9)。また、すべてを持っているからこその苦しみ(自身の特性がかえって見出せなくなりやすい)に耐えかねて逆数0(リセット願望・無感情・無反応)を身にまとうこともあります。

※なお通常
0は数学的に偶数なのですが、9を奇数ではなく偶奇数とみなしていることにならい「奇数でも偶数でもない数」とみなしています。

以上、長くなりましたが、この逆数の法則は「
人間の性格が本来持ち得る二面性」を浮き彫りにするものとして用いるというわけなのです。



そしてこの
基本数と逆数のバランスですが、初めからうまいこと取れるわけではありません。


強い
基本数を抑えたり、逆に解放しようとして逆数を身に付けるものの、今度はその逆数が強過ぎてしまいかえって自らが辛くなってしまう・・・そしてまた基本数の性質に戻るも今度はそっちが強くなってしまう・・・それでは再度逆数を身にまとって・・・というようにバランスを取る努力を積み重ねながら、最終的にはその「揺れ幅」が小さくなることを目指していくというのが目標となり得るわけです。


基本数の要素と逆数の要素を両方バランス良く同居させ馴染ませることで、その人の人生はより楽になっていくことでしょう。


ちょうど
基本数と逆数を足せば9となるように、すべてを丸く収め、正に沖縄方言の「なんくるないさ(なんとかなるさ)」の心境に達し、更にそんな自分を赦してあげることで万事が緩やかにまとまっていくことでしょう。



なお、この
基本数と逆数の現れ方には計3つのパターンが存在します。

基本数と逆数が混ざり合って出るパターン
⇒これが一番一般的なパターンですが、どちらがより強く出るかはケースバイケースとなります

・基本数の性質が全く現れず、
逆数のみが現れるパターン
⇒自己否定、または自己肯定が顕著な人に多いパターンであり、別の人格を演出している感覚となります

・逆数の性質が全く現れず、
基本数のみが現れるパターン
⇒ありのままの自分で生きているパターンですが、ある意味レアな存在ともいえます

 

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3. 基本数&逆数の性格詳細(導入)

 

 

それでは、より具体的にそれぞれの数が持つ逆数の組み合わせについて説明していきましょう。


たとえば
基本数1の人は逆数である8も自然に持ち合わせているものと考え、両方の数について注意深く読んでみましょう。

以下の説明文はあまり推敲せず、途中段階で載せている場合もありますのであしからず。

 

 

 

 3.1. 「1⇔8」について

 

 

共に直観を表します。
1は引っ張る力や瞬発力、動かす力や衝動そのものを表します。
8は押し上げる力や抑制力、鎮める力や衝動の制御を表します。



巷の数秘術本ではよく
18もリーダーシップとか経営者向き、などと取り上げられるケースが多く登場します。
しかし、当然ながら
18は別の数となるため、同じリーダーシップのように見えても、そのやり方は全く別のものとなります。



1は自らが先頭に立ち、一つの目標に向かってただひたすら前進し続ける「開拓者(フロンティア)」です。
後ろから付いてくる人々を時々振り返りはしますし、落伍者がいれば前から引っ張ろうともしますが、基本的には「
後ろから付いてくるのは勝手だけど、自分はどんどん先へと行くからね。頑張って付いてきてね。」というスタンスです。



一方
8のリーダーシップは1のそれとは大きく異なります。
8は一番後ろに位置し、目の前にいる大勢の部下や関係者をくまなく制御する「管理者(マネージャー)」となります。
そして一人の落伍者も出すことなく、皆で一緒にゴールすることを目指します。



1が「リーダー」だとすれば、8は「ボス」となるわけです。
引っ張るのか、押し上げるのかの違いとなります。



典型的な
1タイプの経営者に、かのスティーブ・ジョブス(基本数1)がいます。
彼はアップルコンピューターを設立して以降、自らが作りたいもの、世の中に広めたいものをただ一心不乱に追い求めていきました。需要調査(マーケティング調査)を全くと言っていいほど重要視せず、自らが欲するものを作り世に出していく、というスタイルは正に
1的なスタンスと言えるでしょう。

とはいえ、そんな独りよがりやワンマンぶりも過ぎれば誰も付いて来られなくなりますから、
1だけではなく逆数の8を身に付けることでより組織的に製品を生み出そうとするわけです。

しかし、そんな
逆数8も強過ぎれば強圧的・抑圧的な経営となりやすく、その結果同氏の場合は自らが設立した会社を追い出されてしまうという憂き目にも遭ったわけです。



以上が「リーダーシップ」という点から見た
18の違いですが、今度はよりみなさんに則したかたちで説明していきたいと思います。



たとえば
基本数1の人は、その数の象意(イメージ)のように気性が真っ直ぐであり、自身の欲求や衝動にとても素直です。更には「唯我独尊」的な数でもあるので、他者の意見を介さず自らの中の「真実」を貫き通すという強さも持ち合わせています。

しかし残念なことに、そんな性質がそのままストレートに出せるほど世間は寛容ではありません。当然ながらかなり早い段階で親にたしなめられたり、先生や周囲の大人に指導されたりすることでしょう。
または、そんな衝動的な言動によって人間関係上の大失敗をしてしまい、それに懲りて今までとは真逆の性質を帯びるようになることもあるのです。
それが
基本数1の人が後天的に持ち合わせる逆数8の性質なのです。



8には「コントロール」という象意があり、基本数8の人には自らの衝動を抑え込んで我慢したり、自他問わず支配・制御しようと欲する性質があります。
端的にいえば、
1奇数なので動こうとする力を、8偶数なので止めようとする力を表します。

基本数1の人が逆数8をうまく使いこなすことができれば、独りよがりにならずバランスの良い人格形成が可能となることでしょう。しかしながら、初めからそううまいことバランスが取れるとは限りません。大抵の場合はバランスを取るために取り入れた逆数8が多くなり過ぎてしまい、結果的に極めて自己抑圧的な性質となり、自らの衝動や欲求を素直に出せない人間となることがあります。
それが高じると非常に自罰的な人間となり「
もっと頑張らなければダメだ」という焦燥感に苛まれることにもつながるのです。



一方、そんな過剰な
逆数8が外向きに働けば、他人に対して支配的となり、すべてのものを自らの思いのままにしようとする人間となってしまうこともあります。
いずれにしても、過剰な
逆数8は自分または他人を過剰にコントロールしようとしてしまうわけです。



そして
基本数8の人は、その象意通り自他の「コントロール」が最大のテーマとなります。
その「
コントロール」が内側に働く場合は、自らの衝動や欲求を抑制し、自制することで環境に馴染もうとします。
また、周囲からの期待に対して過剰に反応し、自らを抑圧的に奮起させようともします。それが高じるとやせ我慢やオーバーワークにつながってくるわけです。
基本数8の人にありがちなのは、いくら周囲からの評価が高くても決して満足ができず、むしろ「私はせいぜい60%くらいの成果しか出せていない」などと低い自己評価に終始することがあります。

一方その「
コントロール」が外側に向かう場合、自らの衝動や欲求をストレートに出すのではなく、もう少し柔らかいものに変質させることで他者からの抵抗を弱め、最終的な支配や獲得を目指していきます。
たとえば仕事上、とあるプロジェクトを任された場合、自己の管理下から外れるような他者への委任ができなくなってしまい、結果すべてを自らの手で執り行おうとしがちだったりします。
自らのコントロールから外れることが不安で仕方が無いというわけです。
それが高じると何でもかんでも自分で抱え込んでしまい、非常にストレスフルな生活を送ることにもつながるのです。

そんな状態から自らを解放すべく、
基本数8の人は逆数1を取り入れようとすることがあります。これは特に気を許せる身近な存在(家族・恋人・親友など)に見せがちなのですが、1の如く良い意味でわがままになったり、自己の欲求や衝動に素直な言動を行うことで、ストレスの解消を図ろうとします。
ちょうど火山が大爆発をする前に、マグマを小出しにすることで大爆発が回避されるような感じです。

もちろんこれも初めからバランスが取れれば良いのですが、もし
逆数1が強過ぎれば今度は身内や気の許せる存在に対して大いに迷惑をかけることにもつながるわけです。
常日頃自らを自制し、自他をコントロールしようと苦心している人ほど、
逆数1の暴走はエスカレートしやすくなります。

基本数1の人は逆数8が強くなり過ぎないように、そして基本数8の人は逆数1が強くなり過ぎないように気をつける必要があるというわけです。
1の「たとえ他人が何と言おうと僕はこれが欲しいんだ!」という子供のような衝動と、8の「より良いものを手に入れるためにも、そんなくだらないものは我慢しなさい!」という大人のような自制・・・どちらもバランス良く同居させましょう。

 

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3.2. 「2⇔7」について

 

 

共に思考精神性を表します。
2は外への意識や受容、信用や観察を表します。
7は内への意識や拒絶、検証や洞察を表します。



わかりやすく表現するならば、
2は両手を広げて他者を受け入れようとすること、外側をつぶさに観察して自分と似た者を探し出し、見つかり次第手を伸ばしてその相手とつながろうとする、更には一度つながった相手とはその関係を何が何でも継続しようとする・・・そのような象意を持っています。



そして
7は自らの内側、すなわち精神世界や頭の中で思いを延々と巡らせたり、ずっと何かを考え続けるというイメージです。
外界に対しては特に何かをするというわけではないけれど、自身の内側を奥底に向かってただひたすらに掘り進めていく・・・まるで哲学者や求道者の如く答えを永遠に探し続けるイメージです。



2はあくまでも偶数なので、自らはなるべく心静かにとどまったまま、他者とのつながりを求めていきます。
そして
7奇数なので、心や頭の中を無意識のうちに常に動かすことで、その対象の内側や裏側を洞察して真実の姿を見出そうとします。



まず
2からですが、2の象意は二点間をつなぐ「」のイメージからもたらされるものです。そしてこの「」は自分と相手を「つなぐ」だけではなく「分ける線」としても機能します。

自分と相手とが表面上似ていればつながろうとしますが、もし似ていなければ途端に警戒し、双方の間に「
分ける線」を引いてしまうのです。

ちなみにこの「
つなぐ線」と「分ける線」は同時に展開されることがあります。
たとえば「
この人は正に運命の人かも!」という強烈な出会いがあり、そしてその人と見事につながることができた時、今までは問題なく交流していた友人たちとなぜか途端に距離を置くようになるケースがあります。
当人の中で「
この人とだけつながっていれば、他には何もいらない!」という強烈な思い入れが発生し、その意識が当人と友人たちとの間に「分ける線」として現れるのです。

また、この「
つなぐ線」は特定の人物だけではなく、思想など目に見えないものが対象となることもあれば、一つだけではなく家族全体や組織全体など「ひとまとまり」という大きなくくりが対象となることもあります。

これは時としていろんな人の頼みをすべて引き受けてしまい、後になって大いに苦労しがちな
2の人の特徴とも言えます。
つまりは自分が関係する周りの人すべてとのつながりを求めてしまい、そしてそれはつながらないことに対する恐怖心が原因だったりもするのです。



自分と似たものを観察によって見出し、それとの強いつながりを求める・・・そして一度つながった相手を一途に信じ抜き、更には極限まで受け入れようとする・・・もちろんこれらを貫くことができれば人生はとてつもなく素晴らしいものとなることでしょう。
しかしながら、人生そう甘くはなく、どこかで相手に裏切られたり、または多くの人間とつながりを持ってしまったことでかえって苦しみを味わってしまうということも実によくある話です。

そんな状態に陥ってしまった
基本数2の人は、自分を守るために逆数7を後天的に身に付ける場合があります。
たとえば相手の裏切りに遭い深く深く傷ついてしまった人の場合は、もう二度と同じような目に遭わないように
逆数7を身に付け、人間を徹底的に洞察したり簡単には相手を受け入れないようにしようとします。
そしてその
逆数7があまりにも過剰になってしまった場合は、疑心暗鬼の塊になってしまったり、極度の引きこもり(自らの内的世界への逃避)に発展したりすることもあります。

更に
2の人が持ちがちである独特の繊細な心(ガラスの心臓)を守ろうとするあまり、相手に対して「攻撃は最大の防御」的に鋭いツッコミや冷酷なまでの指摘を行う場合があります。
言わば
逆数7という「知性のナイフ」を振りかざして、我が身を守ろうとする感じです。
他人から突っ込まれたり指摘されたりすることに、自身の心が耐えられないからこその防衛策とも言えますが、「
知性のナイフ」を振りかざされた方はたまったものではないかもしれません。

また、多くの人々との交流に疲れ果ててしまった
2の人の場合は、逆数7を身に付けることで自身の精神世界に癒しを求めていき、結果として瞑想やスピリチュアル的なものなどにより多くの時間をかけるようになっていくことがあります。


それでは
基本数7の人の場合はどうでしょうか。
基本数7の人はとにかく物事を深く深く考える癖があり、自分なりの答えを徹底的に突き詰めようとしがちです。また、それが高じてどんな些細な物事であってもとことん洞察し、その物事の真意というものを探ろうとします。

更に
7の人は自身の持つ「深く物事を掘り下げて考える」という癖に対してコンプレックスと同時にある種の誇りも持ち合わせています。そのため、自分から見て深い思想や発言に対しては大いに感動し尊敬もするのですが、逆に浅い思想や発言、そして深みのない人間性に対しては心の中で軽蔑の情を抱くことも多かったりもするのです。

そんな
7の人は自らの知性に頼るあまり孤独に陥りがちであり、外界に対して積極的な働きかけができなかったり、あるいは周囲の無理解に対する強い失望感を抱くことすらあるのです。

そのような状態では健全な社会生活を営むことすら困難となっていくため、
逆数の2を取り入れてとにかく人当たり良く温和に接していき、仮初めのものでもいいから良好な人間関係を築こうとすることがあります。
また、徹底的に受け身の姿勢を貫いたり、とことん相手の話に耳を傾けたりを半強制的に心掛けるケースも存在します。
正に無理やり相手(または社会)との「
つなぐ線」を構築するかのようです。

そして
7の人は自らは意識していなくても、相手に対して極めて鋭いツッコミを入れてしまったり、かなり冷酷な指摘をしてしまったりしてドン引きさせてしまうケースも多く存在します。
そんな言動で招き寄せた対人関係のトラブルに激しく後悔した結果として、
逆数2を活かし柔和でオブラートに包んだような表現に終始することもあります。
ただし遠回しに表現した分、相手に対して本意が伝わらずにかえって面倒な事態を招き寄せる場合もあります。

もちろん
逆数2は「つなぐ線」だけではなく「分ける線」を引くことにも生かされていきます。
たとえば、正答が見つからない問題をとことん考え尽くしがちな自分に疲れ果ててしまい、「
まぁここまで考えたのだから、この答えを正答ということにしよう」などと妥協に走り、それ以降の思考を止めてしまうこともあります。思考の継続か否かの線引きです。



自然に深い思考に走ってしまいがちな
7の人にとって、逆数2的な思考停止はむしろストレス回避の手段ともなります。
物事を線引きしないでとことん考えていくのではなく、ある程度のところで線引きをすることで、それ以上の思考の暴走を食い止めようという手段です。

しかし、この
逆数2も過剰になるとやはり大きな問題が発生します。
もし
2の「つなぐ線」が過剰となれば、自らのキャパシティ以上に膨れ上がった人間関係やその維持に疲れ果ててしまい、かえって社会生活が困難になることもあります。
また、特定の相手や思想とつながることばかりを追い求めるあまりそれらを盲信してしまい、カルトに引っ掛かったり抜け出せなくなったりするケースも存在します。更に特定の人物に対する強い依存関係にどっぷりとはまり込んでしまうこともあります。

そして「
分ける線」が過剰となれば、かえって物事を表面的にしか受け止められなくなってしまい(観察ばかりで洞察しない)、結果として思わぬケガをしてしまうこともあります。
特に
7の人の場合は「自分がこれだけ考えて出した答えなのだから絶対に合っているはずだ!」という自身の知性に対する強固な自信と共に、そうやって導き出した答えが間違っていることへの強烈な恐怖もあって、かえって道を踏み外してしまうこともあるのです。

 

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3.3. 「3⇔6」について

 

 

共に感情を表します。
3は自己愛や楽観、快楽やありのままの表現を表します。
6は他者愛や悲観、責任や調整された表現を表します。



わかりやすくまとめると、
3子供の数、そして6大人の数とも言えます。家に帰ってきた子供がカバンを放ったまま遊びに行こうとするイメージが正に3であり、一方の6はそんな子供の将来を案じ「きちんと宿題をやりなさい!」などと厳しく指導する母親のようなイメージで捉えてみても良いでしょう。



3奇数(動的)であり、 胸襟を開いて開けっぴろげに表現し、ポジティブシンキングで人生を大いに楽しんでいくようなイメージを持っています。

そして
6偶数(静的)であり、自らの強い美意識・倫理観・責任感でもって自分自身、更には周囲の人々や環境までをもキレイに調える、教え諭す、弱きものを保護する、更には奉仕するなどのイメージを持ち合わせています。

ありのままの自分を愛するか、それとも他者を愛し尽くしていくか・・・この「
自己愛」と「他者愛」との違いが正に3と6の対称性なのです。



まずは
基本数3の人からですが、好きか嫌いか、快いか不快かという自身の感情で全てを判断しようとしてしまいがちであり、好きなことならばとことんやり続けるけれど、嫌なことであれば全力でそれを回避しようとします。

そして自身が大いに楽しめることや笑えること、更には表現すること(音楽・絵画・造形・ダンスなど)を全力で追い求めようとする本質を持っています。

とはいえ、そんな本質を貫こうとすれば途端に様々な障害に出くわすことでしょう。好きなことだけをやって生きていけるほど人生は残念ながら甘くはありません。恐らくは多くの人から注意を受けたり、その無責任ぶりをとがめられたりすることでしょう。

そんな壁にぶつかった
3の人は社会に適応していくために逆数の6を身にまとい、責任感あふれる人物となることがよくあります。まるで今までの未熟で子供っぽい自らを挽回するかのようです。

そんな
逆数6もバランスが取れていれば、非常に大人びた人物となるでしょうが、6側に傾き過ぎると今度は大人になり過ぎることの弊害が発生します。例えば必要以上の責任感を持ってしまい自らを苦しめたり、TPOに過剰にこだわり体面ばかり気にする人物へと変貌することもあります。

また、人から尋ねられてもいないことをやたらと教えたがったり、相手が迷惑がるくらいのお節介焼きとなることもあります。
これも「
大人な自分にならなきゃ!」という強過ぎる思いが招いてしまう問題です。

更には倫理観や道徳観も非常に厳しいものとなり、自分にも他人にも過剰な節度を求めてしまう場合もあります。
正に
逆数6という鎧のためにかえって身動きが取れなくなる戦士のようです。

こういった傾向は基本数である
3の要素が強い人ほど顕著に現れやすくなります。つまりは3のマイナス面を反省し過ぎるが故の反作用なのです。

ちなみに
3の人の中には、その象意に反するようなシャイな人間も多かったりします。このような人の場合は成長過程のかなり早い段階で逆数6的な意識(ありのままを恥ずかしいと思う意識)が芽生えてしまい、その結果とても奥手で口下手な人格が表に現れるようになります。

しかし、子供時代にシャイだった人がある時を境に突然そんなシャイな性質を捨て去るケースもあります。過剰な
逆数6を脱ぎ捨て、本来の3の性質を取り戻したかのような感じです。
ありのままの自分をさらけ出してもいいんだ!」というように自らに対してそんな3的な行為を許すことができれば、自然とシャイな性質は弱くなっていきます。

なお、
3のような「ありのままを表現する」性質を逆数6で覆い隠せば、自身の本音を徹底的に隠して周囲を不快にさせないことばかりを考える人物となります。
社会生活上そのスキルはとても重要ですが、それも過ぎればタテマエばかりの人物となってしまい、かえって濃密な人間関係の形成に悪影響を及ぼすこともあります。
本音トークができない人物に対しては相手も胸襟を開いては来ないというわけです。


一方、
基本数6の人ですが、自他の別無くあらゆるものの形を本来あるべき「美しいかたち」にしようと欲する気持ちの強さが目立ちます。また、乱れているものや自身から見て美しくないものに対して堪え難い違和感や嫌悪感を覚えることもあります。
散らかっている部屋を見たら、怒りのスイッチと同時に掃除機のスイッチも入れてしまう強烈な感情です。

 

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