Night Food


 

 ――こんこん。

 

 ベランダのガラス戸が叩かれた。

「……たーつーやーくん……」

 押し殺した――しかし、緊張感なく間延びした声。

 

 ――こんこんこん。

 

「……たーつーやーくん、いーれーてー……」

「……ったく!」

 間宮達也は舌打ちすると、机の前を離れて、カーテンを引き開けた。

 ガラス戸の向こうに、にこにこ微笑みながら立つ姉――間宮美夜の姿があった。

「えへへへー、達也くんのおウチに入れてもらっても、いーい?」

「……ああ」

 達也は仏頂面でガラス戸を開けた。初めから鍵はかけていない。

 冷たい冬の夜の空気が、部屋の中に流れ込んでくる。

 だが、美夜は、にこにこ微笑みながらその場を動かない。

 達也は聞こえよがしにため息をついてから、棒読み口調で言った。

「どうぞ、お入りください」

「えへっ、ありがとー」

 それでようやく美夜は、ローファーを脱いで部屋に上がりこんで来た。

 達也は、もう一度、ため息をつき、

「なあ、毎晩、コレやんなくちゃダメなのか? だいたい、ここは自分の家だったのに」

「うーん、ホントのルールではねー、一度招待された家には出入り自由なんだけど」

 美夜は、くるりと弟を振り返り、にっこり微笑む。

「でも、達也くんがお姉ちゃんを歓迎してくれてるってこと、毎晩でも確認したくて」

「……ったく」

 達也はもう一度、舌打ちした。だが、今度のは照れ隠しだ。

 自分の頬が火照っているのはわかったが、冷たい夜風に触れたせいだと決めつけておく。

 美夜は通学用のハーフコートを羽織り、マフラーを結んだ姿だった。

 そのまま外の街を歩けば、普通の高校生に見えるだろう。

 深夜零時を回ってはいたが、いまどき高校生の夜遊びなど珍しいことではない。

 だが、ここはマンションの九階である。

 ベランダは隣の部屋とは繋がっていない、達也の部屋専用のものだ。

 ならば彼女は、どこから現れたのか?

 黒髪は絹糸のように艶やかで、やんわりと柔和な笑みを浮かべた顔は美形に分類されていい。

 その割には大きな野暮ったい黒縁眼鏡をかけ、ファッションの感覚はいくらかズレているらしい。

 それが芸能人の変装のように、自分をわざと地味に見せる意図でなければ、だが。

 ガラス戸を閉めかけた達也を、美夜は「あ、待って」と制止した。

「お鍋」

「え? ああ……」

 美夜の言葉に、達也は頷いて、ガラス戸を開け直す。

「相変わらず自分は手ぶらで、料理は魔力だか超能力だかで運んで来たのか」

「だって、お姉ちゃん自分の手で運んだら、ひっくり返しちゃいそうでしょ? 経験からの学習ってやつね」

「自慢にならねーよ、ドジっ子アネキ」

「えへへへー」

 美夜は照れ笑いしながら、ぱちりと指を鳴らす。

 すると――

 外から黒い霧のようなものが室内に流れ込んで来た――宙に浮かんだ土鍋とともに。

 いや、その霧が土鍋を運んでいるのか。

「えっと、どこに置けばいいかなー? きょうは机、使ってるの? 勉強中?」

「期末テストが近いからな。待てよ、いま座卓、広げるから」

 達也はベッドと壁の隙間にしまっていた座卓を引っぱり出し、部屋の真ん中に広げて置いた。

 それからクロゼットを開けて、高校の制服や私服のコートなどが掛けてある下から、卓上コンロを出す。

 座卓の上に達也が据えたコンロに向かって、土鍋は(霧に運ばれて)ふわふわと降下していき――

 しかし、最後の一、二センチで霧は風に吹き散らされたように消え、がしゃんと土鍋は乱暴に落下した。

「あー、またコントロール失敗。いつも最後の詰めが甘いのよね、えへっ」

 美夜は、ぺろりと舌を出す。

「中身をこぼさなかっただけ上等だよ」

 達也は、やれやれと肩をすくめて、ガラス戸とカーテンを閉めた。

 美夜はマフラーを解いてコートを脱ぎ、それぞれをくるくると丸めてベッドの上に置いた。

 コートの下は高校の制服姿で、街を歩けば人目を惹くほど豊かな胸がブレザーを押し上げている。

 だが、スカートは校則通りの膝丈で、膝下までのソックスとあわせて素脚をほとんど隠している。

 達也はベッドの上からクッションを二つとって、一つを美夜に渡した。

「ありがとー」

 にっこりと微笑み、美夜はクッションを敷いた上に正座する。

 達也も座卓を挟んで姉の向かいに胡坐をかいた。

「んで、きょうの夜食は何?」

「えへへー、冬に嬉しい牡蠣雑炊でーす」

 美夜はにっこりとして、鍋の蓋を開けてみせる。達也は眼を丸くして、

「あ、すげ。牡蠣が四つ……五つ? これ全部、オレ喰っていいのかよ?」

「うん。だって、お姉ちゃん食べられないもん」

 にこにこ笑顔のまま美夜は言い、蓋を戻してコンロを点火した。

 達也はちょっぴり気まずい顔になり、上目遣いに美夜を見て、

「でも、姉貴……牡蠣は好物だったじゃん? よくオレと牡蠣フライ奪い合って喧嘩したり」

「そうだけどほら、食べ物の好みって変わるじゃない? 子供の頃は苦手なトマトが好きになるとか」

 美夜は達也に、にっこりと微笑みかけた。

「普通に人間として生きてたって、そうだもん。ましてや吸血鬼になっちゃったら、ね」

「姉貴……」

 達也は姉の顔を、じっと見つめて、

「……それで、いまの好物はオレってことか?」

「えへへへー」

 美夜は照れ笑いして鼻の頭を掻く。

「いっぱい食べて精をつけてね? そのあと、お姉ちゃんにも少し元気を分けてほしいな、なんて」

「テストが近いって言ってるのにさ……」

 達也は、わざと憮然としてみせるが、本心ではない。

 吸血鬼である美夜は、達也が血液を与えなければ「生き続け」られないという。

 最愛の姉を「再び」喪わないため、達也は自らも望んで血を吸われているのだ。

 

 

 美夜は三ヶ月前に「病死」した。半年にわたる入院と闘病を経てのことだった。

 いつかは訪れる筈だった結末とはいえ、家族の悲嘆は相当のものだった。

 その姉が、納骨を終えた日の夜、ひょっこり達也の前に現れた――吸血鬼となって。

 達也の驚愕は相当のものだった。

 当然であろう。骨になって墓の下で眠っている筈の相手が、「生前」よりよほど元気な様子で現れたのだ。

 美夜は達也を魔法で金縛りにして無理やり落ち着かせてから、自身が吸血鬼になった経緯を説明した。

 それは彼女が「亡くなる」一週間前のことだったという。

 夜、寝つけずにいた美夜は病室のカーテンを開けて月を眺めていた。

 そして、出会ってしまったのだ。月の光を浴びて翔ぶ彼女と――

「真祖」と呼ばれる吸血鬼の一匹、真綺(まき)と。

 自分は、いつの間にか眠ってしまったのだろうと美夜は最初、思った。

 眼にしているものは夢なのだろうと。

 だから素直な気持ちで、彼女に願った。

 自分も一緒に翔びたい、と。

 吸血鬼は、それに応えてくれた――「いいわ、暇つぶし」と言いながら。

 神話と呼ばれる物語が同時代的な事件だった頃から生き続けてきた彼女も、また退屈していたのだ。

「あなた血液の病気ね。ひどい味だわ」

 ぼやきながらも真綺は、美夜の生き血を啜り上げた。

 そして自身の柔肌を爪で切り裂き、滲み出した血液を、瀕死となった美夜に舐めさせた。

「吸血鬼に血を吸われた犠牲者が、そのまま吸血鬼になるなんて無責任な俗説」

 真綺は美夜に語って聞かせた。

「私がどれだけの人間の血を吸ってきたと思う? 獲物がみんな転化していたら、世界は吸血鬼で埋まってる」

「ブラム・ストーカーをよく読むことね。ドラキュラがどうやってミナ・ハーカーを転化させようとしたか」

「いくつもの伝説を繋ぎ合わせて小説のドラキュラは造形されたの。その伝説に真実も含まれてたってこと」

「そうよ――吸血鬼になるためには、吸血鬼の血を飲めばいい」

 それからの一週間で、美夜は「人間としての死」に近づいた。

 日増しに容態の悪化する彼女に、医師たちは手の施しようがなかった。

 最後の二日間は意識のない重篤状態だった。

 だが、その時点で美夜は、真綺が造り出した「ゴーレム」とすり代わっていた。

 魂を持たない人造人間は見事に「死に行く少女」を演じきり、最後は火葬場で骨となった。

 一方、美夜は真綺の保護下で無事、吸血鬼としての「再生」を果たした――

 

 

「……ごちそうさま」

 達也は箸を置き、空になった土鍋に両手を合わせた。

「はい、お粗末さまでしたー」

 美夜は、にっこり微笑みながら言う。

「さて、鍋奉行してて、お姉ちゃん暑くなっちゃった。上着、脱がせてもらおうかなー……」

「……姉貴さー」

 達也は美夜を、じっと見つめて、

「わざとらしいマネしなくても、オレの食事のあとは、毎晩ちゃんとつき合ってるだろ?」

「えへへへー」

 美夜は照れ笑いで頭を掻いた。

「じゃあさ、じゃあさ、達也くん」

「なんだよ」

「ぎゅっとして、チューして。えへっ?」

 漫画だったら台詞のあとにハートマークがついているだろう。

「…………」

 達也は立ち上がると、姉の手をとった。

「ベッドの上、来いよ」

「あ……うん」

 急にしおらしく頬を赤らめ、美夜は弟に導かれるまま、ベッドに上がって横座りする。

 達也は姉の手を握ったまま、相手に顔を近づけていった。

 長い睫毛を伏せ、眼を閉じた美夜に、唇を重ねた。

 やわらかで、ひんやりした感触が心地よかった。髪の芳香が鼻腔をくすぐる。

 美夜の手から手を離し、しかしその手で、望み通りに抱き締めてやる。

 温もりは感じないが、氷のように冷たいわけでもない。

 いくらか豊満なその身体は、やわらかく抱き応えがあった。

 唇を離すと、瞳を潤ませた美夜が、悪戯っぽく笑って言う。

「えへっ、間接牡蠣雑炊。美味しいね」

「やっぱり食いたかったんじゃん、姉貴」

「えへへへ……実はお料理中に味見でスープは飲んだ。固形物は胃が受けつけないけど、味はわかるから」

「不便だな、吸血鬼って」

「でもね、吸血鬼になったおかげで、わかるようになった味もあるよ」

「オレの血だろ?」

 苦笑いする達也に、美夜は「えへへへへー」と悪戯っぽく笑って首を振り、

「違うよ、達也くんそのものだよ。お姉ちゃんが吸血鬼になってなきゃ、エッチしてくれなかったでしょ?」

「そりゃ……だって」

 達也は赤くなって眼をそらし、

「エッチで発散しなきゃ、吸血鬼の凶暴な本性を抑えられないっていうから。他人を襲ったら困るだろ」

「他人となんて絶対エッチしないよ、達也くんとだけだよ。お姉ちゃん、その程度の理性はあるよ」

「何だそれ、騙したのかよ」

 口をとがらせる達也に、美夜は「えへっ」と笑って、

「騙してないよ。お姉ちゃんが凶暴化したら、達也くん朝まで寝られなくなっちゃうよ?」

「ぜってー詐欺だ」

「怒らない怒らない。達也くんだって、お姉ちゃんとそういう関係になって、新しい味を知ったでしょ?」

 くすくす笑いながら、美夜はブレザーを脱ぐ。

 張りつめた乳房を包むパステルピンクのブラジャーがブラウスに透けていた。

「さあ、達也くんの大好物。召し上がれ……えへっ?」

「くそっ、そうやって誤魔化して……頂くものは頂くけど……」

 照れ隠しにぶつぶつ言いながら、達也は最愛の姉の乳房を両手で包み込むようにして触れた。

「んっ……」

 美夜は心地よさそうに眼をつむる。

 張りがあるのにやわらかく、この上ない触感の乳房だった。手に余るほどの大きさも最高だ。

 達也はそれを下から上へ、かき上げるように揉みしだいた。

「……んあっ、達也くん……」

 美夜は首を反らし、うっとりと声を上げる。

 達也は美夜のリボンタイを解き、それからブラウスのボタンを外していった。

 だが、全て外し終える前に我慢できなくなった。

 前をはだけさせ、露わになった乳房の谷間に鼻面を埋め、思いきり息を吸い込んだ。

 温もりは感じない肌なのに、なぜだか温めたミルクのように甘く、やさしい匂いがした。

「……んふっ、達也くぅん……」

 美夜に頭を抱かれて、撫でられる。

 子供が甘えているみたいだと、我ながら達也は思う。だが、恥ずかしいとか情けないとは思わなかった。

 吸血鬼となった姉は、弟としかエッチしないという。つまり美夜は、達也の独占物なのだ。

 自分のモノを、どのように愛するかは自由だろう。

「姉貴が吸血鬼になる前は、オレ、姉貴とこんなことしようなんて思わなかったんだぜ……」

 乳房に顔を埋めたまま相手の背中を探り、ブラウスの裾をスカートから引き出しながら達也は言った。

 くすっと、美夜は笑い声を上げ、

「お姉ちゃんも、達也くんとしたいと思っても、できなかった。姉弟じゃ、いけないことだもんね」

「したいと思ったって……」

 あきれる達也に、美夜は「えへへへ」と笑い、

「いつか達也くんが気づいてくれるかなと思って、ずっとラブラブ電波を送ってたんだよ?」

「受信してたら逃げてたよ、そんな危険な電波」

「えーっ、ひどいなあ」

 美夜は、くすくす笑って、

「達也くんはお姉ちゃんのこと、オンナとして見てくれてなかったの?」

「見られるわけないじゃん。実の姉だぜ、血の繋がった」

 姉の豊かな乳房から顔を上げた。

 にこにこと屈託のない笑顔で、美夜は弟の顔を見下ろしている。

 達也は照れ隠しに眼を伏せ、口をとがらせながら、

「まあ……正直、全く意識してなかったわけじゃねーけど。こんな立派な胸した女が同じ家の中にいたら」

「えへっ、ありがとー。オッパイだけでもオンナとして見てくれて、お姉ちゃん嬉しいな」

 美夜は達也の頭を、ぎゅっと掻き抱いた。

「わぷっ! 苦しいって、姉貴!」

「えへへへ、このまま大好きなお姉ちゃんのオッパイで、達也くん溺れちゃえー」

「それじゃ胸以外は何もしてやれねーだろ!」

「それもそうだね」

 美夜は、あっさりと達也を解放した。再び弟の顔を見下ろし、にこにこ微笑みながら、

「それでオッパイ以外は、何をどうしてくれるのかなー?」

「……全部可愛がってやるよ、どこもかしこも」

 達也は赤くなりながら言って、美夜の頬に、ちゅっとキスをする。

「え?」

 一瞬、きょとんとした美夜は、何を言われたか認識して蕩けそうな笑顔になった。

「……えへへへへー。全部ってやっぱり、えへへ、アレもコレもだよね……えへへへへー」

「全部って言ったら全部だよ、というか毎晩やってることじゃん。とりあえず、眼鏡とるぜ」

 達也は姉の顔から眼鏡を外した。美人の素顔が、すっかり露わになった。

「ホントは吸血鬼になってからは必要ないんだろ? 邪魔だし、かけなきゃいいのに」

「でも、顔に眼鏡がのっかってないと落ち着かないし。幼稚園の頃から、ずっとかけてるもん」

「だったら、もっとオシャレなのに替えろよ。真綺さんってヒトに頼んで、買って来てもらえばいいじゃん」

「そりゃ真綺さん、お金持ちだけど、そんなに何でも頼っちゃうのはなー」

 美夜は考え込むように首をかしげたが、すぐに何か思いついたように、にっこりとして、

「達也くんがプレゼントしてくれたら嬉しいんだけど」

「えっ、オレが?」

 眉をしかめる達也に、にこにこ笑顔で美夜は、

「達也くんが、お姉ちゃんに似合うと思うのを選んできてほしいな」

「……わかったよ」

 達也はしかめ面で、しかし決心したように頷いて言った。

「クリスマスには間に合わないけど、冬休みにバイトして、お年玉と合わせて買ってやる」

「ホント?」

「ああ。伊達ならレンズ代かからないし、フレームだけなら二、三万で買えるだろ」

「ホントにホント? お姉ちゃんに買ってくれるの、達也くんが? ……ありがとー!」

 美夜は笑顔を輝かせ、ぎゅっと再び達也の頭を自らの胸に掻き抱いた。

「わぷっ! だから苦しいってばっ、姉貴っ!」

「お姉ちゃん幸せすぎて死んじゃうかもっ! というか吸血鬼だし半分死んでるけどっ!」

「俺まで殺す気かっ! 放せってのっ!」

「えへへへー……あ、興奮しすぎて、よだれ垂れちゃう」

 じゅるりと、よだれを啜り上げ、それでも間に合わず口元を拭ってから、美夜は達也を解放した。

「……ぷはっ! はぁっ、一瞬お花畑みてーのが見えたぞ。臨死体験一歩手前だっての……」

 苦しげに喘ぐ達也に、美夜は「えへへへー」と、にこにこ笑顔で、

「でも冬休みだけとか無理しないで、春休みまでかかってもいいからね」

「ああ……、けほっ、けほっ」

 達也は咳き込みながら頷き、

「でも、その分、クリスマスは大したことしてやれねーぞ」

「それは気にしなくていいよ。吸血鬼にクリスマスなんて似合わないもの」

「そりゃそうか」

「それより、ねえ、達也くん……」

 美夜は達也の手をとると、自分の両手で優しく包み込み、微笑んだ。

「プレゼントは、まだ先でいいからさ。いまは約束通り可愛がって、お姉ちゃんを全部。ね?」

「あ……、ああ」

 達也は赤くなりながら頷くと、美夜の背に腕を回し、ゆっくりとその身体をベッドに寝かせた。

 あらためてブラウスのボタンを全て外し、前を完全にはだけさせてから、のしかかるように唇にキスをする。

「んあっ……」

 美夜は達也との触れ合いとしては一番、キスが好きだと言っていた。

 唇を重ねる瞬間が、「愛されている」と感じるのだそうだ。

 愛する姉が、それを求めているのである。応えてやらなければなるまい。

 美夜の舌が達也の唇に触れるのと、達也が舌を突き出したのが、ほぼ同時だった。

 ふたりは――吸血鬼と人間の姉弟は――当然のように舌を絡め合った。互いの口腔を舌でまさぐった。

 姉の舌は濡れている分、唇以上に冷たかったが、決して不快感はない。

 そうしながら達也は、美夜の背の下に手を入れて、探り当てたブラジャーのホックを外した。

 何度も繰り返して慣れた行為だ。そして緩んだブラジャーを、下からめくり上げた。

 ぷるんっと、豊かな乳房が弾み、桜色のバストトップが露わになった。

「巨」とか「爆」という形容詞がふさわしいような豊乳なのに、乳暈はあくまで小ぶりで幼ささえ漂う。

 色白のきめ細やかな肌と比べて、ほんの少しだけ色づいた乳頭は砂糖菓子のような可憐さだ。

 美夜と結ばれることがなければ、達也がその美しい乳房の全容を眼にする機会もなかっただろう。

 それ以前で姉の裸を眼にしたのは、二人が小学三年生と二年生だった夏休みの家族旅行の温泉が最後だ。

 当時、達也は姉のふくらみかけの胸を見て「デブが胸までデブになった」と莫迦にしたものだった。

 ひどく罰当たりなことを言ったものだと反省している。

 当時もいまも、姉はいくらか「ぽっちゃり」型ではあるがデブと呼んでいいほどではない。

 むしろ、その程よい肉づきのおかげで、やわらかな抱き心地がもたらされるのだ。

 こりこりと乳頭を指で弄んでやった。

「んんっ……、達也くんっ……」

 美夜はブラウスをはだけられた乳白の肢体をよじらせ、切なげに吐息を漏らす。

 唇から頬へ、首筋へ、胸元へ――キスを移動させていき、乳房のふくらみに達した。

 だが、すぐには乳頭を責めないつもりだった。

 これが初めての「行為」ではない。その余裕はできている、つもりだ。

「姉貴……」

 乳頭ぎりぎりにキスを繰り返しながら、囁きかけた。

「姉貴が、オレのところに帰って来てくれてよかったよ。オレの血を欲しがってくれてよかった」

「達也くん以外の人間の血を飲みたいとは、お姉ちゃん思ってないもの」

 美夜は言って、微笑む。手を伸ばし、弟の頬を愛しげに撫で、

「拒絶されたらどうしようか不安だったけど。だって姉弟だし、それに……吸血鬼なんてバケモノだし」

「姉貴はバケモノなんかじゃねーよ」

 達也は、きっぱりと言った。だが急に照れくさくなり、わざと憎まれ口を叩く。

「……むしろ、ドジっ子の大バカモノだな」

「ひどいなー、最近は大したドジはしてないのに」

 美夜は、くすくす笑う。

「……あのね、達也くん」

「あん?」

「お姉ちゃんのオッパイ、まだ可愛がってもらってないところがあるよ。全部可愛がってくれる約束でしょ?」

「ああ……」

 ここでもう少し美夜を焦らすというテクニックもあるだろう。主導権をとり続けたいなら、そうするべきだ。

 だが、達也としても、姉の愛らしい乳頭の誘惑には抗えなかった。それを早く味わいたかった。

 ゆっくりと唇を近づけ……ちゅっと、音を立ててキスをした。

「ああああん……っ!」

 過剰なほどの反応だった。ぎゅっと眼をつむった美夜は、大きく身をよじる。

「お姉ちゃん、達也くんに毎日こうしてもらったら、きっとオッパイだけでイけるように……ああああっ!」

 ちゅぱっ、ちゅぱっ、と、達也は乳頭へのキスを繰り返しながら、

「姉貴、さ……」

「え……?」

「可愛いよ。すげえ可愛い」

「えへっ……ずるいよ、そんな言葉責め……可愛いなんて……んああああっ!」

 れろれろれろ……と、舌で乳頭を弾く責めに、達也は転じたのだった。

 びくっ、びくっと、美夜は水揚げされた海老のように身体を仰け反らせる。

「やっ……やぁっ! 達也くんっ、ホントにイッちゃうっ! オッパイでイッちゃうよぉっ!」

「イッちゃえよ、姉貴……」

 一方の乳頭を舌で舐り上げながら、もう一方は指でこりこりと弄ぶ。

「何度でもイかせてやるからさ……簡単だもんな、感じすぎの姉貴をイかせるなんて」

「ああっ、違うよっ、達也くんにっ、されてるっ、からだよっ……んあっ! ああっ! イッ……あああっ!」

 美夜は両手で達也の頭を抱き、ぎゅっと眼をつむりながら、びくびくと身を震わせた。

「んああ……っ、ホントに、ホントにオッパイだけで……イッちゃったよぉ……」

 くたっと、美夜の身体から力が抜ける。

 手も足もベッドの上に投げ出し、すすり泣く――いや、感涙にむせっている。

「達也くんに、オッパイ可愛がってもらって……こんな気持ちよくて幸せなの、夢みたいだよぉ……」

「姉貴……」

 達也は美夜の髪を撫で上げ、額に優しくキスをした。

「オレだって幸せだよ。死んだ筈の姉貴が帰って来て、一緒にこんなことできるなんて」

「えへへへー……」

 美夜は涙を拭い、にっこりとした。

「達也くん、そんなにいくつも約束して大丈夫? 全部可愛がってくれるとか、何度でもイかせてくれるとか」

「オレは姉貴との約束、破ったことないだろ? ……たぶん」

 達也は言って、美夜の唇にキスをする。

 しばらく舌を絡め合い――やがて唇が離れて、美夜は笑った。

「えへへ、いまのチューで、また軽くイッちゃった」

「だから簡単なんだよ、姉貴をイかせるのなんて。それじゃ、デザートにヨーグルトを頂こうかな」

「えっ、よーぐると?」

 きょとんと小首をかしげる美夜に、達也は、にやりと笑い、

「姉貴のあそこ、濡れてくるといつもヨーグルトみたいな匂いだろ?」

 言いながら、姉の制服のスカートを無造作にめくり上げる。

 ブラジャーとお揃いのパステルピンクのショーツが覗いた。

 そこから伸びる、むっちりとした太腿は、最高級の象牙のように艶やかで瑕(きず)ひとつない。

「あっ……やだ、そんないきなりめくっちゃ」

 美夜は恥ずかしそうに、もじもじと太腿をすり合わせるが、達也は構わずショーツに顔を近づけた。

「シミができてるぜ、姉貴。おまけに匂いも、やっぱりヨーグルト」

「やだ達也くん、急にエッチなこと言って苛めて……」

「エッチなのは姉貴だろ。ほら、こんなに濡らして」

 閉じ合わされた太腿のつけ根、ショーツのクロッチに、つんっと指を触れる。

 柔肉を覆い隠すその部分は確かに、しっとりと湿り気を帯びていた。

「はぁぁぁっ……!」

 美夜は頭を仰け反らせ、白い喉首を晒しながら全身をわななかせた。

「やぁんっ、またイッちゃうよぉ……」

「感じすぎだっての、エロ姉貴」

 達也は苦笑いしながら、美夜のショーツのウエストに手をかける。

「でもパンツの中はヨーグルトじゃなくて、海蘊(もずく)だけどな。黒いモジャモジャがヌメってるの」

「もっ……もう、モジャモジャじゃないよぅ……」

 美夜は真っ赤になりながら口をとがらせて、

「いつもそうやって達也くんがイジワル言うから、ちゃんとお手入れしてきたもん……」

「へえっ? 姉貴にしては珍しい。いくら言ってもスカートは長くてダサいままなのに。どれどれ……」

 達也は美夜のショーツを、ゆっくりと引き下ろした。

 なるほど、臍の下の柔肌は白くなめらかで、ぎりぎりまでショーツを下ろしてもヘアは見えてこない。

 だが、やがて姿を現した、こんもり盛り上がるヴィーナスの丘さえもすべすべなのは、どうしたことか――

「ね? ちゃんとお手入れしてるでしょ? 恥ずかしいから、あまりじっくり見ないで……」

 両手で顔を覆いながら言う美夜に、達也はあきれ返って、

「姉貴。やり過ぎだろ、これは」

 すっかり露わになった美夜のその部分は、幼女のように、つるつるだったのだ。

「ええっ? だって、お手入れしろって言ったの達也くんでしょ……」

 両手で顔を覆ったまま、広げた指の間から眼だけを覗かせて言う美夜に、達也は苦笑して、

「やっぱりドジっ子アネキだな。毛の手入れしろって言われて全部剃るヤツ、普通いねーよ」

 達也は美夜の脚をつかむと自分の肩に担ぎ上げ、相手の腰を浮かせてショーツを脱がせた。

 それから左右の太腿に手をかけて、ぐいっとM字型に押し広げる。

「やだよぅ、こんなポーズ恥ずかしいよぅ……」

 美夜は顔を隠したまま耳まで赤くなって、いやいやと首を振るが、達也は笑って、

「姉貴、大きな赤ちゃんみたいで可愛いぜ。あそこもオモラシしたみたいに、びしょびしょで」

「ふぇぇーん、やだぁー、イジワル言わないでぇー……」

「約束だからな。姉貴の可愛らしくなったところ、可愛がってやるぜ」

 達也は美夜のM字の脚の谷間に、顔を近づけた。

 ヴィーナスの丘から、大きく広げさせた両脚の間(あわい)を経て、白くむっちりした餅のような尻まで。

 無防備に晒させた、美夜のその部分。

 なめらかで生まれたての子供のような彼女の素肌の美しさは、無毛に還ったことで余計に強調されていた。

 とはいえ――

 周囲の肌より幾分、赤みを帯びた、ぷっくらとした大陰唇。

 そこに穿たれた陰裂からは、桃色の肉襞――小陰唇が、いくらか姿を見せている。

 そして、やはり桃色の肉の「莢」に包まれた、そのまま「豆」に似た器官――陰核。

 それらを濡れ光らせる、ぬらぬらとした蜜は、ヨーグルトに似た酸味を想像させる匂いを漂わせる。

 成熟と呼ぶには初々しく、しかし蕾のままでもあり得ない少女の器官、それは。

 色づき始めた果実に譬えるのが、ふさわしいであろうか。

 達也は舌を伸ばし――蜜を、すくいとった。

「はぅぅぅ……っ!」

 美夜は、びくびくと全身をわななかせる。

 繰り返し、舌をその部分に這わせるたび、一つ違いの実姉である少女は切なげに声を上げ、身を震わせる。

 手を伸ばし、豆状の器官を莢から剥き出して、くりくりと指で弄んだ。

 もう一方の手は中指を立て、だくだくと蜜を溢れさせる淫壺に挿し入れた。

 軽く指を抜き差ししてやると、くちゅくちゅと音が立つ。蜜が、とめどなく湧き出してくる。

「ひぁぁっ……達也くん、あのね、あのね、お姉ちゃん、もう我慢してられない……」

 美夜は潤んだ瞳を弟に向けて、哀願した。

「ぎゅっとして、チューして、それでね、達也くんの熱いの、ちょうだい……」

「ああ……」

 達也は頷いて身体を起こすと、部屋着のセーターとシャツ、ズボンと下着を脱ぎ捨てた。

 美夜が「熱いの」と呼んだ達也のその部分は、すでに屹立して臨戦態勢だった。

「あ……待って達也くん、それ、チューさせて……」

「え? ……ああ」

 達也は求められるまま、肉茎を美夜の顔の前に突き出す。

「えへへへ……」

 美夜はそれに手を添えて、れろりと、先端の鈴口を舐め上げた。

「くっ……!」

 びくんっ、と、身を震わせた達也を見上げ、「えへっ……」と美夜は悪戯な笑顔で、

「達也くんの、この白木の杭を突き刺されて、吸血鬼のお姉ちゃんは昇天しちゃうんだ」

「でも何度でも復活しちゃうんだろ、往生際の悪い姉貴は?」

「えへへ……ホントは心臓に刺す杭を、お姉ちゃんのいけないところに刺しちゃうからだよ」

 ちゅっ、と、達也のそれにキスをして、

「舐めてあげたいけど……ごめんね、お姉ちゃんきっと我慢できなくなって噛みついちゃうから」

「胸は?」

「え?」

「これだけ立派なチチしてんだ、パイズリくらいできるだろ? やってくれよ」

 にやりと笑って、達也は美夜の乳房を、ぎゅっと鷲づかみにする。

「えっ? あの……あぅっ、オッパイ乱暴にされるのも気持ちいいけど……ごめんなさい、えへへ……」

 美夜は困った顔で笑い、

「それ、また今度してあげるから。お姉ちゃんのいけないところ、もう達也くんを欲しくて我慢できない……」

「しょうがねーな。約束だぜ、パイズリ」

 達也は苦笑いで、美夜の頬にキスしてやる。

 パイズリは惜しかったが、弟のモノをねだる甘えん坊の姉も可愛らしいと思う。

 達也は、あらためて美夜に覆いかぶさるように身体を重ねた。

 そして背に手を回し、望み通りに抱き締めてやりながら、唇を合わせる。

 舌を絡めながら、びくんっと美夜は身を震わせた。

 やがて唇が離れると、美夜は照れくさそうに笑う。

「……えへへ、またイッちゃった。チューだけなのに……」

「ホントにエッチで可愛いな、姉貴……美夜は」

 達也も微笑み、もう一度、唇を重ねる。

 舌を絡め合いながら達也は、片手で美夜の両脚の間(あわい)を探り、そこに自身の肉杭を導いた。

 淫蜜を溢れさせ続ける美夜の牝器官に、杭の先端を突き当てる。

「……熱いよ、達也くん……」

 美夜は微笑む。

「美夜……」

 恋人のように名前で呼びながら、達也は、腰を突き上げた。

 抵抗感は、ほんの一瞬。濡れそぼつ肉の器は、ぬるりと雄根を呑み込んだ。

「はぅっ……はぁぁぁっ、これだけでイッちゃうよぅ……」

「何度でもイッちゃえ、イきっぱなしになっちゃえよ、美夜」

 達也は言い、腰を動かし始める。ぎしぎしと軋む音を立ててベッドが揺れる。

「ひぁぁぁっ……達也くんっ、ああっ、イッ、ホントにっ、ああっ、達也くんっ、達也くんっ!」

 美夜は、ぎゅっと達也にしがみつく。

「イッ、ああっ、もうっ、はじけちゃうっ、頭っ、真っ白でっ、イッ……イッイッ、ああっ……むぐっ!」

 達也は美夜の口をキスで塞いだ。

「……むくぅっ、むぅっ、んむっ、むぁっ、んみぃ、むぃっ、んあっ、んきゅぅっ……!」

 達也の息遣いも荒くなる。

 その腕の中で、びくびくと身を震わせる美夜は、絶頂の荒波に翻弄され続けているのか。

 達也は繰り返し繰り返し、腰を突き上げ。

 やがて――

「はぁっ、あぁっ、みっ……美夜っ!」

「んくっ……ああっ、イッちゃ、達也くんっ、一緒にっ、イッ……一緒にィィィッ!」

 

 ――どくんっ、どくんっ、どくんっ!

 

 強く抱き合う姉弟の身体が、大きくわなないた。

 ふたりは、ともに果てた――

 だが、それで終わりではない。

 自分にのしかかったまま、荒く息をしている達也を、美夜は揺さぶった。

「……えへへ、達也くん、起きて起きて」

「あ……、ああ……」

 のろのろと身体を起こし、達也はベッドの上で胡坐をかく。

 その前に横座りに美夜は座り直して、

「えへっ。じゃあ、達也くん、いいかな?」

「……ああ」

 達也は頷くと、美夜の前に左腕を突き出す。

「えへへへ……それじゃあ、いただきまーす」

 にっこり笑った美夜の口の端から、にょっきりと鋭い牙が覗く。

 そして、その牙を弟の手首に突き立てた。

「……ぐっ!」

 達也は眼をつむって呻く。流石に痛いし、血はどくどくと流れ出す。

 射精直後で消耗しているから余計、頭がくらくらしてしまう。

「えへへへへー……」

 だが、美夜は嬉しそうに笑いながら、最愛の弟の生き血を啜り上げた――

 

 

「……ねえ、達也くん」

「んぁ……?」

「起きて。そろそろ夜が明けちゃう」

「ああ……」

 うつ伏せに寝ていた達也は、枕から顔を上げる。

 いや――それは枕ではなく、美夜の乳房だった。

「えへへへ……お姉ちゃんのオッパイ枕、寝心地どうだった?」

「悪りぃ、血を吸われたあとは、いつものことだけど全然記憶ねーし……」

 そう言いながら達也は、美夜の乳房の谷間にもう一度、むふっと顔を埋めた。

「ちょっと、達也くん? また寝ちゃうつもり?」

「そうじゃねーけど……姉貴の肌って、なんかいい匂いするよな」

「えへっ、そーお?」

 美夜は達也の髪を撫で、

「きっと、達也くんだけに効くフェロモンが出てるんだよ。それだけお姉ちゃん、達也くんが好きってこと」

「オレも姉貴のオッパイは大好きだよ、オッパイは」

「オッパイだけ? ひどいなー」

 美夜は、くすくす笑いながら、達也の肩を押して身体を起こさせた。

「さ、ホントに起きなきゃ。お日様が出る前に、真綺さんのところに帰らないと」

「真綺さんってヒトは、なんで姉貴に親切なんだろうな。ずっと居候させてくれてるんだろ?」

「最初は暇つぶしと言ってたけど。達也くんとお姉ちゃんの関係を話したら、面白がって応援してくれてる」

「ホントに暇人だな。二、三千年も生きていれば、当然かもしれないけど」

 達也は笑う。

 美夜はベッドを降りて身なりを整えて、眼鏡をかけ直した。明かりはつけていないが、吸血鬼は夜目が利く。

 そしてカーテンとガラス戸を開けると、遠くの空がほのかに朱く染まっていた。

「あー、朝焼け。早く帰らないと致命的ドジっ子……えへへ」

「……姉貴」

 達也はベッドを降りて美夜に近づき、後ろから抱き締めた。

「また今夜も来いよ。あしたも、あさっても」

「えへへへ……当然だよ、毎晩来るよ。だって、達也くんとお姉ちゃんは愛し合ってるんだもん」

「姉貴……、……美夜」

 達也は姉の身体をくるりと回して自分のほうを向かせ、唇を重ねた。美夜は弟を抱き返す。

 やがて身体を離し、美夜は、にっこりと微笑んで言った。

「えへへ……じゃあ、ホントに行くね」

「ああ。また夜な、待ってるから」

「入れてと言ったら、すぐおウチに入れてよね?」

「鍵は開けっぱなしだから、いつでも入って来いよ」

「んもうっ、意地悪だなー。達也くんが招き入れてくれることに意味があるんだから」

 くすくす笑いながら美夜は、弟の頬にキスをする。

 そして、土鍋を手にベランダに出た。

「じゃあ、また夜ね」

「ああ、また夜な」

 美夜の姿が、夜空から滲み出したような黒い霧に包まれ――やがて、完全に呑み込まれる。土鍋とともに。

 そして、霧は再び夜空へ流れ出していった――

 

 

 美夜は毎晩、深夜零時前後に現れて、夜が明ける直前に帰っていく。

 達也は、そのことに疑問を抱いていなかった。

 吸血鬼の生態とは、そういうものだろうと思っている。だが――

 彼女が夜明けぎりぎりまで活動しているのならば。

 日が暮れてから午前零時までの間は、何をしているのか?

 

 

「お疲れ様でしたー」

「おつかれー」

 午後十時、勤務を終えたアルバイトの高校生たちが、ファーストフード店の通用口から出て来た。

「エリちゃん、お茶してくー?」

「ごめーん、さっき親からメールで、なんかウザいこと言ってきてー。とりあえず、きょうは帰るー」

「じゃあ、またあしたー」

「うん、バイバーイ」

 バイト仲間と別れて、エリという名の娘は駅へ向かう。

 都心のターミナル駅であった。バイト先は、そこから徒歩三分の至近距離にある。

 親は「夜遅くまで盛り場でバイトなんて危ない」と言うが、むしろ盛り場で人が多いから安心だと思う。

 地元の駅前なんて、エリが帰り着く十時半頃には人影もまばらだ。そのほうが怖い。

 だからエリは、バイトがあるときは毎晩、兄に車で地元の駅まで迎えに来させている。

 可愛い妹の頼みは拒めない兄だ。当分は彼女なんて作らず、自分の足代わりでいてほしいと思う。

 赤信号。ターミナル駅は大きな横断歩道を渡った向こうだ。

 エリは、大勢の通行人とともに信号が変わるのを待つ。

「――えへへへへ……」

 真後ろから声がして、エリは、どきりとして振り向いた。

 美人だが見知らぬ少女が、自分に向かって微笑んでいた。

 制服も知らない高校のものだ。短く詰めたスカートから、ちょっぴり太目の色白の脚が伸びている。

「あの……」

 何か用ですか、と、エリが訊ねるより先に。

「えへへ、一緒に帰ろ」

 少女が、言った。その瞳をエリしか気づかない一瞬、紅く輝かせて。

 エリは――その瞳から感情の光が喪われ――何かに操られるように、こくりと頷いた。

「……はい」

 帰る? どこに?

 どこへでも。「彼女」が求める場所ならば。

 信号が変わって、隣に並んだ少女が、エリを促した。

「さあ、行こ」

「……はい」

 ふたりは駅へ向かって歩き出した。

「家は、どこだっけ? 最寄り駅は?」

 少女が訊ねて、エリは答える。

「武東線の、もみじ野です」

「じゃあ、きょうは武西線の山口湖まで切符を買って。できれば、私の分も」

「……はい」

 指示された通り、エリは武西線の切符売場へ向かい、切符を二枚買って一枚を少女に渡した。

 ふたりで改札をくぐったが、そこでエリは足を止める。

「どうしたの? 山口湖行きの乗り場はこっちよ」

「……はい」

 少女に従って、エリは電車に乗り込んだ。

 武西線に乗るのは初めてだった。だから乗り場がわからなくても無理はない。

 そもそも、家に帰るつもりなら乗る必要のない電車なのだ。

 だが、エリは自分の行動に疑問を抱いていない。理性も意思も麻痺している。

 いまのエリは、見知らぬ少女に操られるままの人形だ。

 

 

 およそ五十分後、ふたりは目的地の駅を降りた。

 名前の通り湖に近く、日中ならば行楽客もいるが、夜間は人の姿は稀だ。

「こっち。一緒に来て」

 少女は歩き出し、エリはそれにつき従う。駅から離れ、湖の方向へ。

 途中から道を外れ、雑木林の中へ――

「この辺りで、いいかな」

 少女は足を止め、エリを振り返った。

「えへへへー、ごめんね。こんな場所まで連れ出して」

 エリは答えない。

 木々の枝葉の間から差す月明かりの下で、少女の表情は翳になって見えない。

 愉しげな口調からすれば、笑っているのであろうが――いずれであれ、エリには意味のないことだ。

 言葉が耳に届いても、明確な指示や命令でなければ意味を持たないことも同様。

 いまのエリは、意思を喪った人形だから。

「ホントはね、こんなことしたくないんだ。達也くんに知られたら、絶対赦してもらえないもの」

 だが、少女は語る――聞く者のいない釈明を。

「ホントに達也くん一人の血を吸って生き続けられるなら、いいのになと思う。でも」

 いや、聞く者がいたところで、利己的にすぎて納得できない言い訳を。

「仕方ないんだ。エッチは達也くんとするだけで充分だけど、血はね、それだけじゃ足りないから」

 少女はエリの肩に手を置いた。そして、相手の眼前に顔を近づけていく。

「私は、早く真綺さんみたいに太陽の下を歩けるようになりたいの。達也くんと一緒に暮らすために」

 意思の消え失せたエリの瞳を覗き込む。エリは、何の反応も示さない。

「達也くんには、地方の大学に進学して家を出てもらうの。受験勉強は私も手伝えるわ。優等生だもの、私」

 少女はエリの顎に手をかけ、顔を上向かせた。そうして晒させた喉首に、さらに顔を近づける。

「だから、私も頑張るの。たくさん血を吸って、生命を吸って、吸血鬼として力をつけなくちゃ」

 少女――美夜は牙を剥き出し、意思を喪ったままの獲物に突き立てた。

 悲鳴は上がらない。ただ静かに、獲物とされた娘は生命を奪われていく――血液とともに。

 力の抜けた娘の身体を抱き支え、その血を美夜は、あらん限り啜り上げた。

 やがて、抜け殻のようになった娘は解放される――食べ滓として。

 どさりと、その身体が美夜の足元に転がった。

「――綺麗な子だったのに。勿体ない」

 後ろから声がして、美夜は振り向き、にっこりと微笑んだ。

「真綺さん、見てたんですか」

「それが《親》の務めと思うから」

 いつの間にか、その場にいた少女。美夜と同じ年頃と見えたが、それが真実ではないだろう。

 宵闇に似た長い黒髪に、月光が具現化したような白い肌、切れ長の眼をした端整な面差し。

 白いドレス姿は冬の寒空には似合わない――だが、彼女が「生きた人間」でなければ、別だ。

 真祖たる吸血鬼、真綺――

「わたしなら三日はかけて頂くのに」

 言いながら腰をかがめ、真綺は命を喪った娘の顔を撫で、瞼を閉じさせた。

 くすくすと美夜は笑って、

「そんなに悠長にはできないです。早く、たくさん血を吸わなくちゃ、私は」

「焦りは禁物。今夜の狩り方なら、問題ないけど」

「はい。その子には、ここで眠ってもらいます。誰にも見つからないように」

 美夜は地面に向け、片手を差し伸ばす。

 その指先から黒い霧が滲み出し、それが触れた地面は、熱湯をかけられた雪のように溶け崩れていく。

 やがて、深い穴が穿たれた。

 そして霧は今度は死んだ娘の身体を包み、宙に浮かせて――穴の底へと、運ぶ。

 ぱちりと、美夜は指を鳴らした。

 霧が掻き消え、地面に掘られた穴も幻のように消え失せた。

 哀れな娘の亡骸とともに。

「これでよし、と」

「よくできたわね。ご褒美」

 真綺は自分の左手首を噛んだ。そして、血の滲み出したそれを、美夜に突き出す。

「えへへへ……ありがとうございます」

 美夜は、ぺろりと舌なめずりして真綺の手をとり、その血を舐め上げた。

「これだけで、何百人分にもなりますね」

「それだけの人間の生命を、わたしが奪ったということ。そうして、わたしは生き長らえてきた」

「その大事な生命を分け与えてくれてるんだから。真綺さんは、達也くんと私の恩人です」

「面白いから」

「え?」

「姉と弟が愛し合うなんて面白い。本当なら幸せになれない、ふたりだもの」

「えっと……そんなこと言われると私、真綺さんに殺意覚えちゃいますよ。えへへ……」

 困ったように笑う美夜に、真綺は首を振り、

「大丈夫。わたしは吸血鬼、人間のルールは通用しない。勧善懲悪なんて願い下げ」

「えへっ。じゃあ、応援してくれるってことですよね?」

「もちろん。あなたたちは、わたしが幸せにしてあげる。わたしはハッピーエンドが好きだもの。……でも」

 と、真綺は小首をかしげ、斜め目線で美夜の顔色を伺うように、

「そのために血を見る覚悟はできていて?」

「えへへへへ……。達也くんと私以外の血なら、いくらでも」

「それでこそ、わたしが見込んだ《娘》。育て甲斐があるわ」

 真綺は鷹揚に頷くと、ぱちりと指を鳴らす。

 すると、真綺の背の後ろから黒い霧が滲み出した。その中から、土鍋が姿を現す。

「さあ、そろそろ出かける時間。お料理は運んで来てあげた。すぐに弟さんのところに行けるように」

「えへへ……何から何まで、ありがとうございます。今夜は鍋焼きうどんを作ったんです」

 言いながら美夜は、ウエストで折り返して丈を短く見せていたスカートを元に戻す。

 真綺が小首をかしげ、

「どうしてスカートを戻しちゃうの? 短いほうが可愛いのに」

「急に私が変身しちゃったら、達也くんがびっくりしちゃいますから」

「何ごとも慎重にということね。いい傾向。じゃあ、いってらっしゃい」

「いってきます……えへへへ」

 美夜の手から伸びた黒い霧が、真綺の霧から土鍋を譲り受ける。

 そして、美夜は土鍋とともに霧に包まれて――

 その霧が、夜空に向かって流れ出す。

 愛し合う姉弟の、逢瀬の場へと。

 

《終わり》


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戦略的後退

無条件降伏