女王蟲


 

 リュニは洞窟の岩壁に、蝋のようなもので手足を塗り固められていた。

 美しい裸身を晒していた。艶やかな褐色の肌、細身で引き締まった身体。

 それでいて、豊かで張りのある乳房。小さな乳首は紅色で、花びらが添えられているかのよう。

 なだらかな下腹部の僅かな草叢は、髪と同じ銀色だ。

 その髪は少年のように短くしており、目鼻立ちの整った凛々しい顔立ちも少年を思わせる――それも、とびきり美貌の。

 しかし、いまは憔悴の色が浮かんでいる。藍色の瞳が、いまにも光を失いそうだ。

 手足を縛められていなければ、その場に崩折れているだろう。

 洞窟の中は、リュニの頭上に開いた穴からの陽射しで、仄かに照らされていた。

 彼女の足元には、兎や狐などの獣の骨が数体分、転がっている。

 そしてまた新たな生贄が、リュニの眼の前で命を絶たれようとしていた。

 仔鹿だった。虚ろな眼を見開いたまま、ひくひくと身を震わせている。

 

 ――ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ……

 

 生贄の前に這いつくばり、いやらしい音を立てて、その臓腑を貧るのは――《女王蟲》だった。

 ゆるやかに波打つ金色の髪、透き通るように白い華奢な背中。それだけを見れば人間の少女のようだ。

 だが、小さな肩から生えているのは、しなやかな二本の腕ではなく、枯れ枝にも似た節足動物の前肢が三対、計六本。

 そして腰から下もまた、節くれだった脚が無数に生えた、鉛色の百足(ムカデ)のような長い胴体。

《女王蟲》が百足の胴体をくねらせ、こちらを向いた。

 邪気のない微笑みを浮かべたその顔は、愛らしい人間の少女のもの。

 しかし、おぞましいことに、口の周りは生贄の血にまみれている。

《女王蟲》はリュニの前まで這って来ると、百足の胴体を反らして体を起こした。

 そして、笑みを浮かべたままの血まみれの顔を、リュニに近づけた。

「……くっ……!」

 リュニは顔を背けようとした。

 だが、《女王蟲》は前肢でリュニの顔を抱え込み、唇を押しつけてくる。

「……んんっ……!」

 リュニは、ぎゅっと眼をつむり、唇も堅く閉ざした。

《女王蟲》は構わず、口の中で咀嚼した仔鹿の生肉を、自らの舌でリュニの唇に擦りつける。

 そして唇を離し、リュニの顔から前肢も放した。

「……ぷはっ!」

 リュニは大きく息を吐き、口の周りこびりついた生肉の欠片を吹き飛ばそうとした。

 二度、三度と唾を吐く。

《女王蟲》が微笑みのまま小首をかしげた。そして、涼やかな少女の声で、言った。

「食べなきゃダメです。おなかが空いているのでしょう?」

「……ふざけるな! こんな、もの……!」

 リュニは《女王蟲》を睨みつけた。眼に涙が浮かべながら。

《女王蟲》は眉をひそめ、同情するような表情で、

「あなただって、わかっているのでしょう? 自分が、変わり始めていることに」

「ぐっ……!」

 リュニは《女王蟲》から眼をそらした。《女王蟲》は首を振り、

「食べてくださらないんですか? あの鹿は、あなたのために狩ったんですよ?」

「…………」

 眼をそらしているリュニに、《女王蟲》は微笑みかけた。

「わかりました。鹿は、私が食べます。そして、あなたには、また私の『お乳』を差し上げますね」

《女王蟲》は仔鹿の前まで這い戻り、再びその肉を喰らい始めた。

 

 ――ピチャッ、ピチャッ……

 

 いやらしい音が立つ。仔鹿は、もう動いてはいない。

 眼を伏せたままのリュニは――恐る恐る、口を開けた。

 そして、舌を伸ばすと、唇の周りを、舐めた。舌先についた肉の欠片を口に運び、呑み込んだ。

 涙をあふれさせた。そして、言った。

「……食べさせて……」

《女王蟲》が振り返り、微笑む。リュニは眼を伏せたまま、叫ぶように言った。

「……食べさせて、お願い……!」

「……はい」

 にっこりとして、うなずくと、《女王蟲》は仔鹿の死骸に向き直った。

 獲物の肉を噛みちぎり、口いっぱいに頬ばると、リュニの前まで来て、また体を起こす。

 血まみれのその顔に微笑を浮かべ、リュニと唇を重ねた。

「……あふ……」

 口移しに少量ずつ与えられる肉片を、リュニは涙を流しながら、ごくりと呑み下す。

《女王蟲》は、少しずつリュニの口に咀嚼した肉を送り込んでやる――雛に餌をやる親鳥のように。

 唇を離し、たずねた。

「美味しい……ですか?」

「…………」

 リュニは眼を合わせないまま、黙ってうなずく。《女王蟲》は、にっこりとして、

「いまのあなたには、生肉が何よりのごちそう、ですよね? 身体が、そのように変わったんです。もっと、どんどん変わっていくんですよ?」

《女王蟲》の前肢が、リュニの無防備な乳房に触れた。

「……はうっ……!」

 リュニは眼をつむり、身を固くする。

 前肢の先端の鉤爪が乳房をなぞり――そのふくらみのすぐ上に、ずぶりと、めり込んだ。

 そして、皮膚を裂いていく。

 だが、血は流れない。リュニは震えているだけで、苦悶の声も上げない。

「ほら、見てください」

 無邪気な笑顔で、《女王蟲》が言った。

「古い皮膚が簡単に破れるのは、その下で新しい皮膚が作られているからです。じきに脱皮できますね」

 前肢でリュニの腹を指し、

「おなかに産みつけてあげた《卵》が、あなたと同化して、あなたの身体を造り変えているんです。《卵》がよく育つように、いっぱい食べてくださいね」

《女王蟲》は仔鹿の前に戻り、もう一度、口いっぱいに肉を頬ばって運んで来た。

 それを、リュニに口移しで与える。

 リュニは、もはや何のためらいもなく肉を呑み下した。口の周りにこびりついた血と肉片も舐めた。

「……はあっ、はふ……」

《女王蟲》が顔を離さなかったので、相手の顔についた血まで舐めた。

 うっとり心地よさそうに眼を閉じて、《女王蟲》はされるがままになっている。

 犬にじゃれつかれている飼い主のように。

「あの……『お乳』も、飲んでもらえますか? なんだか、あふれてきちゃいそうで……」

「…………」

 無言のまま、リュニがうなずくと、《女王蟲》は、にっこり微笑んだ。

 百足の胴体を仰け反らして、リュニの眼前に乳房を晒す。

 あどけない顔に似つかわしい、小ぶりだが形のいい乳房だった。桜色の乳頭が、つんと上を向いている。

 蟲の前肢でリュニの頭を抱え、《女王蟲》は自らの乳房へ導いた。

「さあ、どうぞ……」

 リュニは舌を伸ばし、《女王蟲》の乳首を舐め上げた。れろり、れろりと、舌で転がすようにした。

《女王蟲》は眼を細めて、身をよじる。

「……もっと、噛んだり、吸ったりしてください……」

 リュニは言われた通りにした。

 人間の少女とまるで変わらない愛らしい乳首に軽く歯を立て、こりこりと玩んだ。

 唇でくわえ込み、引っぱるようにした。

「あっ……『お乳』が、出ちゃいます……さあ、飲んで……」

 ぶるるっと、《女王蟲》が身を震わせると、左右の乳首から白濁した蜜が二度、三度と噴き出した。

 

 ――ビュッ! ビュッビュッ!

 

 口の中にあふれた蜜を、ごくりと喉を鳴らしてリュニは飲み込んだ。

 だが、一度では飲みきれず、むせ返って咳き込んだ。

 口で吸っていない側の乳首からほとばしった蜜は、リュニの髪や顔、身体に撥ねかかる。

 濃厚な甘い匂いが辺りに漂った。

 咳き込んでいるリュニの頬にかかった蜜を、《女王蟲》が舐めた。

「汚れちゃいましたね……、綺麗にしてあげますから……」

 リュニの顔も身体も、髪までも《女王蟲》は舐め回すが、リュニはされるがままだ。

 豊かな乳房と、その頂きの乳首を舐められたときは、リュニは、きゅっと眼をつむり、

「んんっ……!」

 押し殺した声を上げたが、抗うことはしなかった。

《女王蟲》は、自身が爪で切り裂いたリュニの胸元の傷にも舌を這わせた。

 無惨な傷痕なのに、リュニは、やはり痛みを感じていないようだ。

《女王蟲》は微笑んで、リュニに告げた。

「……口づけ、させてくださいね……」

 返事がないことを同意と決めつけて、唇を重ねる。

 舌を挿し入れられても、リュニは拒まなかった。

 熱く火照った二つの舌が絡み合った。

「んはぁ……、あふ……」

 恍惚と上げた声は、どちらのものか。もはや、ヒトも《蟲》もない。

 二匹の牝として、リュニは美しい少女の顔をした《女王蟲》と、互いの舌を、唇を、貪る。

 やがて、《女王蟲》は唇を離した。糸を引いた唾液が、ぷつんと途切れた。

 リュニに微笑みかける。だが、リュニは眼を閉じたまま――その眼から、涙をあふれさせた。

「……殺して、お願い……」

 声を振り絞り、リュニは哀訴した。

「もう、耐えられない……自分が、自分じゃなくなるのが……心まで、人間じゃなくなるのが……」

「……眼を開けてください」

《女王蟲》は、言った。

「私を見てくださいませんか? ……さあ」

 恐る恐る、泣き濡れた眼を開けたリュニに、《女王蟲》は無邪気そのものの笑顔で問うた。

「私の姿が、おぞましいですか? 私に口移しで食べ物を与えられるのは、穢らわしいですか? でも、私だって人間だったんですよ? 人間であることに、それほど価値があると思うなら」

「……ごめんなさい……」

 リュニは眼を伏せて、首を振る。

《女王蟲》は笑みのまま、言葉を続けた。

「あなたに《卵》を産みつけて、あなたを《蟲》に変えてしまう私が憎らしいですか? だけど、あなたも《冒険者》だもの。この《森》が危険だと承知で、足を踏み入れたんでしょう?」

 リュニは答えず、首を振り続ける。涙をこぼしながら。

《女王蟲》は、言った。

「私も《冒険者》でした。いっぱしの《白巫女》気取りでしたけど、ただの未熟な愚か者でした。仲間と一緒に先代の《女王》をあと一歩まで追い詰めたけど、結局、『こんなこと』になったんです。

 仲間はみんな死んで、《女王》も私に《卵》を産みつけてから死んで、私だけが生き残りました――新しい《女王》として。ねえ、顔を上げて。あなたの名前、教えてもらえませんか?」

 リュニはうつむいたまま、しかし問われたことには答えた。

「……リュニ」

「リュニさん? 不思議な響きの名前ですね。南のほうの生まれですか? 肌の色も綺麗……」

《女王蟲》は、にっこりと笑い、

「《女王》が何故《女王》と呼ばれるか、私は、自分がその立場になって知りました。この《森》に棲む全ての魔物を、私は支配する力を持つ。だから《女王》なんです。

 私がいなければ、魔物たちは《森》を離れて、好き勝手に人里を襲うでしょう。元は人間だった私が、仮にも《白巫女》だった私が、そんなことを許せるわけありません。でも、だからといって、《森》の静謐を犯す不用意な旅人まで助けることはしません。それが臣下である魔物たちと、《女王》である私との間の取り決め。

 むしろ私自身、どうしようもなく身体が疼いたときは、男性の旅人を襲うこともあります。命までは奪いませんが、《白巫女》だったときの自分には想像もできない破廉恥なことをしちゃいます」

 くすっと、《女王蟲》は悪戯っぽく笑う。

「リュニさん。もう一度、顔を上げて私を見てください。あなたと重ねた私の唇は、穢れてますか?絡め合った舌は、穢れてますか? あなたが吸ってくれた、私の乳房はどうですか? 私の身体の半分は《蟲》になってしまいましたけど。あなたに眼も合わせてもらえないほど、私は醜くて、おぞましい姿ですか?」

「…………」

 リュニは首を振り、顔を上げた。濡れて震える瞳を、《女王蟲》に向ける。

《女王蟲》は、微笑んでいた。

「私は、この《森》で、ずっと独りでした。仲間がみんな死んで、私自身は《女王蟲》に捕まってから。その《女王蟲》も、私に《卵》を産みつけたあと、死んでしまってから……。

 いまのリュニさんと同じように、この洞窟で私は磔にされて、眼の前には《女王蟲》の屍骸がありました。おなかの中の《卵》が育つのを感じながら、でも何が起こるのかわからず、頭がおかしくなりそうでした。私も《女王》に変わるのだとは教えてくれずに、先代の《女王》は死んでしまったんです。

 そして、とても空腹でした。私がリュニさんにしてあげたように、餌を運んでくれるヒトはいませんから。これほど餓えているなら死にそうなのに、いっそ早く死にたいのに、せめて発狂すれば楽になれるのに。それでも私は、正気を保ったまま数日間、生き続けました。たった一人で、《女王蟲》の屍体を眺めながら……。

 そのうち、眼の前で傷だらけで死んでいる《女王蟲》が、とても美味しそうに思えてきました。長くてまっすぐな、私より綺麗な髪をした《女王》でした。死んでいても美しい彼女を、食べたいと思った。とうとう、自分は狂うことができたと思いました。でも、本当に狂ったなら自分が狂人とは気づきません。

 そして、脱皮が始まりました。磔にされていた蝋の塊から抜け出して、自分の腕や脚から抜け出して。私は《蟲》の前肢と下半身を持つ姿に――《女王蟲》に、生まれ変わったんです。

 ようやく理解しました。《女王蟲》の屍骸に食欲が湧いた理由は、自分も《女王蟲》になったからだと。だから、美味しく頂きました。眼の前に屍骸を残して死んでくれた《女王蟲》に感謝しながら」

 微笑みながら、《女王蟲》は前肢を上げて、リュニの頬に触れた。

「でも、本当は《女王蟲》は、共食いなんかしないんです。それをしたら、独りになっちゃうもの。男の旅人を襲うのは、身体が疼くせいもあるけど、独りでいるのがつらいから。

 でも、人間じゃダメなんです。中には、自分の意思で私の許に留まろうとしてくれた人もいましたよ。自分で言うとバカみたいですけど……私、顔は可愛いほうじゃないですか? 身体の半分は《蟲》ですけど。

 だけど、愚かな《冒険者》が魔物に八つ裂きにされるのを見過ごす私を、彼らは理解しませんでした。人間には《女王》であることの意味がわからないんです。《女王》を理解できるのは、同じ《女王》だけ。だから、リュニさん。私と一緒に、この《森》の《女王》になっていただけませんか?」

 リュニは、じっと《女王蟲》を見つめていた。あどけない少女の顔をした《女王》を。

 潤んだ瞳に、畏怖と、哀れみを込めて――

 やがて、言った。

「……狂ってるわよ、やっぱりあなた……」

「人間だったときの心とは違ってしまったという意味なら、そうかもしれないです。でもね、リュニさん。眼の前で死んだ仔鹿の生肉を口移しにされて、喜んで食べたあなたも、もう狂い始めているんです。

 人間としての『感情』が、変わっていく自分自身を否定するんでしょうね。でも、あなたにも《女王》としての『理性』が芽生え始めて、きっと理解しているはずですよ? 自分が、もう人間とは違ってしまったことを。自分をまだ人間だと思うから、苦しむんです。だから……少し荒療治をさせてもらいますね」

《女王蟲》は前肢を上げて、その先端の鋭い爪を、リュニに示した。

「まだ新しい皮膚ができていない部分まで剥いちゃうかもしれませんから、痛くても我慢してください」

「……何するつもり……、やめて……」

 リュニは表情をこわばらせる。だが、《女王蟲》は、にっこりとして、

「大丈夫です。もし怪我をしても、私の回復魔法で治しますから。元《白巫女》ですよ、私?」

 鉤爪が、リュニの右肩に突き立った。

「……ああっ!」

 声を上げるリュニに、《女王蟲》は、くすくす笑い、

「大げさですね。この辺りは、もう皮膚が張り替わって、痛くないはずですよ?」

 リュニの肩を――腕のつけ根の皮膚を、《女王蟲》の爪が、切り裂いていく。

「磔にされて動かせなかったから、気づかなかったでしょうけど。あなたの腕は、とっくに……ほら」

 裂いた傷口を、《女王蟲》は左右の前肢を使って、さらに広げていく。

 そして現れたのは、筋肉でも骨でもなく――

「ああっ! いやあああああっ!」

 リュニは悲鳴を上げ、激しく首を振った。

 そのせいで、蝋で固められた右腕から――その抜け殻から、それは、すっぽり抜けてしまった。

 脱皮したばかりの昆虫のように白く半透明な、《蟲》の前肢だった。

 それが三対、計六本――眼の前にいる《女王蟲》と同じく。

 リュニの右肩から、それらは生えていた。

 リュニの右腕は、人間ではあり得ないモノに変化していたのだ。

「あああっ! あああああっ!!」

 めちゃくちゃに前肢を振り回すリュニの身体を、《女王蟲》は自らの前肢で抱きかかえた。

「ダメですよ。まだ脱皮したばかりの腕を、そんなにしたら。落ち着いて……ね?」

 自分の胸に、リュニの顔をうずめさせる。

 リュニは、怯えきった子供のように泣きじゃくった。

「あああ……っ! ああああ……っ!」

「リュニさん……。もう、私たち、人間じゃないんです。この《森》の、《女王》なんです」

 やさしく諭すように、《女王蟲》は言った。前肢でリュニの髪を梳いてやりながら、

「私たち、ふたりで《女王》になるんですよ。この《森》の魔物が、みんな私たちにひれ伏すんです。すごいことだと思いませんか? ただの人間の《冒険者》として生きていたら、そんな経験できません。

 刺激が欲しくて《冒険者》になったんでしょう? だったら、これほど刺激的なことはないですよ。《女王》の地位と比べたら、人間の姿を半分失ってしまっても、たいした問題じゃないです。そもそも、私、自分がそれほどひどい姿になったとも思ってませんし。

 こうしてリュニさんを慰めてあげられるオッパイがあって、リュニさんと口づけできる唇もあって。《女王》になると年をとらなくなるから、私は見た目は十五のままで、少し幼いかもしれないけど。リュニさんって美人ですけど、私だってリュニさんと釣り合わないことは、ないと思うもの。私たち、お互い愛し合って生きていけると思いませんか?

 私、リュニさんが好きです。リュニさんが魔物たちと戦っているところ、私、ずっと見てました。仲間がみんな斃れて一人になっても、あきらめずに剣を振るっていた凛々しい姿が素敵でした。それにも増して、いまの《女王》になりつつある姿に、ぞくぞくさせられちゃいます。人間のままでも綺麗な人が、半分、魔物が混じった姿になるから余計、美しさに凄みが出るんです。リュニさんはどうですか? 私のこと、愛してくれますか?

 私、リュニさんのために鹿や狐を狩りました。リュニさんがおなかを空かせないようにお世話しました。女同士はダメだとか、人間のままの常識は、もうリュニさんも持ってないでしょう? 私と口づけして、舌まで絡めて、それでも嫌だなんて意地悪なこと、言わないですよね?」

 無邪気な笑顔で、《女王蟲》は、リュニにたずねる。

 リュニは、《女王蟲》の幼さを残した乳房の間に顔をうずめて、身を震わせている。

「……どうですか、リュニさん? 私と……ふたりで、《女王》になってくださいませんか?」

「…………」

 リュニは顔を伏せたまま、こくりと、うなずくように顎を引いた。

「ああっ、リュニさん……!」

《女王蟲》は感極まった声を上げ、リュニの頭を抱きかかえた。

「私たち、これからずっと、ふたり一緒ですよ。リュニさんの脱皮が済んだら、一緒に狩りに行きましょう。鹿や狐を狩りましょう。人間の男性でもいいですよ。《蟲》の身体でどうやって交わるか、お教えします。下半身が《蟲》でも、ちゃんとあるんですよ、『女の子の部分』が」

 くすくすと、《女王蟲》は笑って、

「私の名前……人間だったときの名前、シルウィンっていいます。《女王》になってからは、誰にもその名前で呼ばれたことないですけど。《女王》は《女王》だから。でも、これからは、ふたりが《女王》になるのだから、お互いのことは名前で呼び合いましょう。リュニさん……リュニ。愛してる、リュニ。私の名前も呼んで。独りでいる間、ずっと呼ばれなかった名前」

「……シル、ウィン……」

 顔を伏せたまま、くぐもった声でつぶやくように、リュニは言う。

「そうよ、リュニ。私はもう、独りじゃないんだわ。ねえ、顔を上げて。もう一度、口づけしましょう」

《女王蟲》――シルウィンに促されて、リュニは、ゆっくり顔を上げる。

 濡れた瞳で、半ば放心した顔で、リュニはシルウィンを見つめた。

 シルウィンは微笑み、

「リュニ、愛してるわ。あなたはどう? 聞かせてくれる?」

「……シルウィン……、あいし……てる……」

「そうよ。私たち、愛し合ってるんだわ。これが誓いの口づけね。リュニ、ずっと、愛し続けるから……」

 シルウィンはリュニに顔を近づける。リュニは眼を閉じた。シルウィンも眼を閉じる。

 ふたりは、唇を重ねた。

 

 

 こうして、《森》に二匹目の《女王》が生まれた――

 

《終わり》


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戦略的後退

無条件降伏