女王蟲さんちの大掃除


 

「――あっ、はぁっ、リュ……リュニっ、ぅあっ、あっあっ、いっ……くぅぅぅっ!」

「んっ、あっ、はぅっ、くぅっ、シル……ウィンっ、んくっ、くぅっっっ……!」

 

 ――どびゅっっっ!

 

 ――どびゅるっっっ!

 

「「……はぁぁぁぁぁっ……」」

 二匹の《女王蟲》は抱き合ったまま、くったりと地面に身を横たえた。

 白い粘液まみれになった互いの顔を陶然とした眼差しで見つめ合う。

 ゆるやかに波打つ金色の髪、磁器のように白くなめらかな肌、妖精のように愛らしい小作りな顔。

 小ぶりながらお椀型にかたちよくふくらんだ乳房の頂きには、花の蕾のような乳頭が添えられている。

 元は白魔法を操る巫女であったシルウィン――

 短く刈った銀髪に艶やかな褐色の肌、少年のように凛々しく端整な面立ち。

 豊かに張りつめた双つ(ふたつ)の乳房には、豊穣の女神のものであるかのような神々しさが漂う。

 南方生まれの魔導剣士であったリュニ――

 しかし、彼らが「ヒト」の姿を留めているのは、その顔と、腰から上の胴体のみ。

 肩から先の両腕は、四対ずつ計八本の節足動物の「前肢」であり。

 腰から下もまた、鉛色の体節が無数に連なる百足(ムカデ)そっくりの身体であった。

《裁きの森》に棲まう全ての魔物の頂点に君臨するモノ、《女王蟲》――

「……ふふっ。まだ、ひくひくいってる」

 リュニは悪戯っぽく笑いながら、シルウィンの小さな縦長の臍の下――

 白い柔肌に繋がる最初の《蟲》の体節がめくれた下から屹立している棒状の器官に前肢で触れた。

《蟲》の胴体と同じ鉛色で、いくつも莢を重ねて伸縮性を有するかのような構造のそれは。

 太さといい長さといい、先端の鈴口から白濁液を垂らしている点といい、人間の男性器に酷似している。

 いや。

「はぅっ……!」

 その部分に触れられ、びくんと大きく身を震わせたシルウィンの反応からして。

 何らかの性的な機能を有する器官であろうか。

「やだ、リュニ……イッたばかりで弄られたら、また……」

 ぎゅっと眼をつむり、リュニに前肢でしがみつきながら、シルウィンは切なげな声を上げる。

 リュニは、くすくす笑い、

「また、どうなるの? イッちゃうの? 発情してスイッチ入っちゃうの?」

 シルウィンの男根状の器官に前肢を絡め、こしこしと撫でこする。

「いいわ、搾り出してあげる。でも《蟲》の前肢じゃ上手く握れないわね。クチでしてあげよっか?」

「いっ、やっ……あっあっ! だめ……ダメだってばあああああっ!!」

 いきなり、シルウィンはリュニを突き転がした。

「ぷぎゃうっっっ!?」

 百足状の胴体をのたくらせながら、リュニは、ごろごろと数回転、地面を転がる。

「もうっ! ダメって言ったでしょ、リュニってば!」

 シルウィンは身体を起こして両手(ならぬ両前肢)を腰に当て、リュニを見下ろすように胸を張った。

 しかめ面でリュニはシルウィンを睨み上げ、

「いててて……いきなり何すんの、シルウィンあんた」

「何すんの、じゃないっ! そんなことだからダメなのよっ!」

「何がダメだってのさ」

「いまの私たちよ! 来る日も来る日も寝ても覚めても喰ってはエッチして、また喰ってはエッチして!」

「食べることと寝ることとエッチのほかに、《女王蟲》にすることなんてないでしょ」

 リュニは仏頂面で、ぽりぽりと前肢で頭を掻く。

「そもそも、こんな生活にあたしを引き込んだ張本人は、あんたでしょうに」

「自堕落な毎日を他人のせいにしないで! 責任転嫁をしている限り人間、成長できないわ!」

「いやもう人間じゃないし《女王蟲》だし」

「言い訳と屁理屈はノーサンキュー、ドントウェルカムよ!」

「どんとうぇるかむって何処の国の言葉……?」

 リュニのツッコミはスルーして、シルウィンは右の前肢を突き上げた。

「脱・ヒモノ女! あたしたちは生まれ変わらなくちゃならないの!」

「人間から《女王蟲》には、とっくに生まれ変わったけどね。というか顔じゅう汁まみれで格好つけられても」

「シャラップ! とりあえず、この洞窟を片づけるところから始めましょう! 環境から人間変わるのよ!」

「とっくに人間じゃないモノに変わってるってば。それはともかく、片づけ、ねえ……」

 リュニは眉をしかめながら、いまいる洞窟の中を見回した。

《裁きの森》の地下にあるその場所は、広さでいえば王侯貴族の居城の広間ほどもあるだろうか。

 天井の高さは人の背丈の三倍ほど。その中央に人間がくぐれそうな穴が穿たれ、そこから外光が差している。

 もちろん、それだけでは洞窟内の全てを照らせはしない。この空間の大部分は闇に隠されている。

 だが、人間から魔物に――《女王蟲》に生まれ変わったリュニの眼に、闇は何の妨げともならない。

 おかげで洞窟内にある何もかもが見えていた。

 一方には、ふたりの《女王蟲》たちの餌食となった兎や鹿や猪たちの骨の山。

 すでに、どの獣のどの身体の部位かもわからないほどバラバラに混ざり合った状態で。

 別の一方には、シルウィンたちより以前の《女王蟲》が襲った人間の《冒険者》たちの装備品。

 兜や鎧、剣、盾などの金属類と、衣服などの布製品が、大まかに分けられて山積みで。

「……片づいてるじゃん」

 そうともいえた。

 充分に広い洞窟なのである。

 獣の骨にしろ、不幸な《冒険者》の遺品にしろ、隅っこに山積みすれば邪魔にならない。

 だが、シルウィンは納得しなかった。

「片づいてないわよ! ここは女王の宮殿よ! 食べ残しの獣の骨が転がっていて、いいわけないわ!」

「女王っつーたって魔物の女王でしょ。それに宮殿ったって、天井も壁も足元も岩肌まんまの洞窟だし」

「洞窟だろうが愉しい我が家! 住めばミヤコ、気はココロよ!」

 再び前肢を突き上げ、シルウィンは叫ぶ。

 リュニは肩を落として、ため息をついた。

「いいわ大掃除ね、つき合ってあげる。骨とかガラクタを片づければ満足するんでしょ」

「そういうことよ! でも、一つずつ手というか前肢で運んだんじゃ手間がかかるわ!」

「じゃあ魔法で穴でも掘って埋める?」

「イヤよ。それじゃゴミの上で暮らすことになるじゃないの。それよりもリュニ、《風》の魔法は操れる?」

「《風》? まさか一気に外に吹き飛ばそうっての?」

「それも、できるだけ遠くによ! 洞窟の周りがゴミだらけになっても困るからね、私ってば天才!」

 シルウィンは得意げに胸を張り、

「《女王蟲》の超絶魔力をもってすれば、たやすいことだもの! ふたりで力を合わせれば効果も二倍!」

「それ、思いきりイヤな予感がするんですけど……」

「イヤな予感とかいって、病は気からよ! さあ、いくわよリュニ!」

「なんかシルウィン、初めて会ったときから、どんどんキャラ変わってるし……」

「ヒトは変われば変わるものよ!」

「ヒトじゃないってばとっくに……もういいけどさ……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、いくわよ! 《風》よ!」

 二匹の《女王蟲》の呪(じゅ)を紡ぐ声が重なった――

 

   天地の狭間を満たしたるものよ

   生命の担い手 音の運び手

   麦穂を揺らし 木々を揺らし 雲を吹き流すものよ

   我が意に従い 我が敵を包め!

 

 ――轟(ゴウ)ッッッッッ!!!!

 

 洞窟内に、突風が巻き起こった。

 獣どもの骨を、《冒険者》たちの衣服を、兜を、剣を盾を鎧を吹き上げ、風は竜巻となって荒れ狂う。

 洞窟の中心で呪を紡ぐシルウィンとリュニだけが、それに巻き込まれずにいる。

 そして。

 二匹の《女王蟲》自身以外の全てのものが、洞窟の天井の穴から外へ噴き出した。

 風が収まった。

「……これでよし、と。すっかり片づいたわ」

 シルウィンは満足げに洞窟内を見回した。

 リュニを振り返り、にっこりとして、

「イヤな予感って何のこと? 《風》で自分たちごと吹き飛ばされたりもしなかったし、問題無しじゃない?」

「そうみたいね、いまのところは」

「いまのところはも何も、洞窟のお掃除は終わりよ。さて、頑張ったらおなか空いたわ。狩りに行きましょう」

「そうね……」

 リュニは曖昧に頷いてみせる。

 

 

 その、一ヵ月後――

 

 

「……ひっ! じょ……《女王蟲》っ!」

 悲鳴のように叫んだ《冒険者》の男に、シルウィンは《従順》の術をかけた。

 男は顔を引きつらせたまま、その場に硬直する。

《裁きの森》の中であった。

 森を抜ける街道から逸れて、滅多に人が来ない筈の場所である。

 その分、兎や鹿などの獣が多い筈の場所でもある。

 だが、狩りを始めて小一時間、シルウィンとリュニは一匹の獲物も狩れずにいた。

 人間の《冒険者》とばかり出くわしている。

 きのうも、おとといも同じ状況だった。それが半月以上、続いている。

「まったく! 何なの、この《冒険者》の団体様は?」

 シルウィンは、うんざり顔で天を仰いだ。

「この《森》に財宝でも転がってるとか、おかしなデマが流れたのかしら?」

「こないだの大掃除の結果だと思うわよ」

 やれやれと首を振りながらリュニが言う。

 シルウィンは相方を振り返り、

「何よ、大掃除の結果って? 洞窟を綺麗にしたことと《冒険者》ご一行様と何の関係があるの?」

「洞窟に転がってた昔の《冒険者》の装備品まで、外に吹き飛ばしたでしょ。それでよ」

「それでよって、意味わかんない」

「意味わかんないって……シルウィンあんた、それでも元《冒険者》?」

 リュニは頭痛を感じているかのように、おでこに前肢を当てて、

「森の中に誰かの武器や防具や服までが転がってるのを見たら、どう思う《冒険者》なら?」

「運の悪い奴が魔物にでも襲われたと思うでしょうね」

「そういう武器や防具や服が、何十人分も森のあちこちに散らかってたら?」

「運の悪い奴に大人気の森ってことかしら? 逆に言えば、魔物には絶好の餌場かも。入れ食いってやつ?」

「いや逆に言わなくてもいいから、いまは《冒険者》視点で考えなさいよ」

「すっかり魔物の女王様が板についてるってことかな私、てへっ」

 シルウィンは前肢で頭を掻きながら、ぺろりと舌を出し、

「自分は運は悪くないと信じてる腕に自信のある《冒険者》なら、強力な魔物と戦えてラッキーと思うかもね」

「だから、そういうことよ」

「だからって……あっ? えっ?」

 シルウィンは自分の顔を前肢で指し、

「強力な魔物って……私たち?」

「そういうこと。もともと《裁きの森》に《女王蟲》がいることは知られてたし」

 リュニは腕組みするように四対の前肢をそれぞれ組み、

「本当は昔の女王に殺された犠牲者の遺品だったとしても、《冒険者》たちはそんなこと知らないし」

「《女王蟲》がいまでも人間を襲うと思われてるの? ひどい誤解だわ!」

「でも誤解されるのも仕方ないわよね。一度に何十人分もの装備品を大放出しちゃったから」

「なによお、リュニも一緒になって《風》の呪文を唱えたじゃない? 私ひとりの責任じゃないわよう」

 シルウィンは口をとがらせた。

 リュニは肩をすくめ、

「まっ、こっちは《女王蟲》が二匹だし。腕利きの《冒険者》が百卒隊で乗り込んで来なけりゃ平気だけど」

「ヘーキじゃないわよう。もちろん喧嘩で負ける筈はないけどさあ」

 シルウィンは、ふくれ面で、

「兎や鹿の狩り場を荒らされてるんだもん。ちっとも獲物が捕まらない……おなかすいたよう……」

 ぱたりと、その場に倒れ込む。

 実際には百足の胴体を伏せて、姿勢を低くしたというところだが。

 リュニは「はぁぁっ」と、ため息をついた。

「だからね、どこかでオチがつくと思ったのよ。イヤな予感、当たっちゃったわ……」

 

《終わり》


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戦略的後退

無条件降伏