ズルいよ!


 

「──華ちゃん、ズルい」

 ぼそりと美穂が言って、華子は苦笑いで訊き返す。

「ズルいって、何が」

「これ」

 と、美穂は華子の胸を指差し、

「ぜったいオッパイなさそうに見えるのに。裸になると、どうしてこんな」

「こんなって、どういう意味? オッパイなさそうってのも失礼だけど」

 くすくす笑って、華子は胸を隠そうとする。

 お湯を掻く、しなやかな腕の動きに、やっぱりズルいと美穂は思う。

 隣の家に住む華子は高校のバレーボール部員だ。

 選手としては並みの背丈というが、それでも一六七センチある。

 六年生の美穂にしてみれば見上げるくらいの背の高さだ。

 そしてベリーショートの髪が似合う凛々しい顔立ち。

 全てにおいてズルいと思う。どうして顔もスタイルもそんなに格好いいのよ。

 ついでに言えば華子の家のお風呂の広さもズルい。二人で入っても余裕である。

 幼い頃から、美穂は華子と一緒に入るお風呂が大好きだった。

「だいたい、ボクのオッパイ、初めて見るわけでもないのに」

 華子が言って、美穂は口をとがらせた。

「でも久しぶりだもん、一緒にお風呂入るの」

「正月にもウチにお泊まりに来たじゃん?」

「半年も前じゃん」

「半年じゃ何も変わってないけど」

「嘘。いま何センチあるの? 八十三? 四?」

「そんなにないよ。というか数字に関しては、ちょっぴりコンプレックスなんだけどな」

 苦笑いする華子に、美穂は眉をひそめ、

「コンプレックスって?」

「ボクの身長で、ぶっちゃけ七十八ってどうよって話。学校の友達には『ああ……』って納得されるけど」

「友達とサイズ教え合うの?」

「健康診断のときとか訊かれれば答えるよ。隠すのも余計、あれだし」

「でもぜったい、それよりありそうに見える」

「服を着てればオッパイないように見えるのは美穂も認めたじゃん?」

「形がいいってことなのかな。うちのお姉ちゃんなんてデカいけど垂れてるし」

「美雪さんが聞いたら怒るよ」

 くすくす笑う華子の顔を、美穂はじっと見つめて、

「……やっぱりズルい、華ちゃんって」

「ボクの何がズルいのさ」

「どうして自分のことボクって言うの? 似合いすぎ」

「それがズルい理由?」

「どうして美穂より五つも年上なの?」

「それをボクに言われても」

「美穂のこと、どう思ってる?」

「どうって」

 笑う華子に、美穂は口をとがらせて、

「笑って誤魔化そうとしないで」

「美穂ちゃんは大事な友達だよ」

「友達ってだけ?」

「親友と言ってもいい。だからお泊まりにも来てもらうし」

「それだけ?」

「じゃあ訊くけど、美穂ちゃんはボクをどう思ってるの?」

「好きだよ」

 美穂は答えて言った。じっと華子を見つめて、

「言っておくけど幼なじみとか友達という以上の意味だよ」

「それって、どういう意味?」

「わかってて訊いてるでしょ?」

「言われなきゃわからない」

「言ったら、ちゃんと華ちゃんの返事も聞かせてくれる? イエスでもノーでも誤魔化したりしないで」

「…………」

 華子は笑みを引っ込め、ため息をついた。

「……これが潮時ってやつなんだろうね」

「何よ潮時って」

「どうして美穂ちゃん、ボクより五つも年下なのさ。ボクのほうが訊きたいよ」

「美穂の年が問題なの?」

「そうじゃなければ、とっくに」

「とっくに……何?」

「…………」

 華子はお湯の中で美穂の手に触れた。

 ぴくりと美穂は身を強ばらせたが、華子を見つめたまま何も言わない。

「……美穂」

 華子は美穂に顔を近づけ、吐息がかかるほど間近で囁いた。

「好きだよ、美穂」

「華ちゃん……」

 最後の距離はお互いから縮めて、二人の唇が重なった。

「……んんっ……」

 触れた手の指を絡め合う。

 もう一方の手を、美穂は華子の背中に回し、身体を寄せる。

 触れ合う肌は、お湯よりも熱いほどだった。

 美穂は自分の心臓がドキドキと高鳴るのを感じる。

 華子にも伝わっているかも知れないのは恥ずかしいけど、でも、そのドキドキが自分の正直な気持ちだ。

 華ちゃんとのキスで、美穂は、こんなにドキドキしてるんだ……

 唇を離し、美穂と華子は間近から再び見つめ合った。

「……ズルいよ、華ちゃん」

 美穂は言った。

「華ちゃんのドキドキが伝わってこない。オッパイのせいだ」

「ドキドキしてるさ、ほら」

 くすくす笑いながら華子は、美穂の手をとって自分の胸へ導く。

 美穂は一瞬、どきりとしたけど、触れさせられたのは乳房ではなくその谷間だった。

 もちろん、そのほうが心臓には近く、華子の胸の鼓動は確かに伝わってきた。

「ごめんよ」

 華子は謝った。

「美穂の想いに気づいてなかったわけじゃないんだ。ボクと同じ気持ちだって、ずっとわかってた」

「それなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの、華ちゃんの気持ちを?」

「ごめん」

「美穂が子供だから?」

「美穂は子供じゃないよ。ボクが勝手に子供扱いしただけさ」

「華ちゃんが振り向いてくれないと思って、美穂が諦めてたら、どうするつもりだったの?」

「諦めるつもりだった?」

「質問に質問するのはズルいよ」

「ごめん」

「ちゃんと答えて」

「いつまででもチャンスを待つつもりだった」

「美穂が諦めてたら何のチャンスがあるの?」

「たとえ美穂が他の誰かを好きになっても、いつまでもその人を好きとは限らないだろ?」

「そんなの、わかんないじゃん」

「わかるよ。だって、誰よりもボクが一番、美穂を好きだから」

「美穂の気持ちはどうなの? 好きと言ってくれない華ちゃんより、好きだと言ってくれる人のほうが……」

「好きだよ、美穂」

 華子は言って、にっこりとした。

「さあ、言ったよ。もう誰にも美穂を渡さない」

「ズルいよ、華ちゃん」

 美穂は口をとがらせながら眼を伏せた。

「ごめん」

 華子は笑って言うと、美穂の顎に手をかけ、顔を上げさせる。

「でも……愛してるよ、美穂」

「やっぱりズルいよ、華ちゃんは……」

 美穂のそれ以上の言葉は華子の唇で塞がれた。

 そして、この日が二人の記念日になった。

 

【終わり】


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