征剣将軍ジーラの裏切り


 

 裏切りだった。

 ブラックホール第四帝国の覇業を妨げる愚かな抵抗者、地球戦隊アースファイブ──

 その一員たるアースピンクを征剣将軍ジーラは追い詰め、仕留める寸前だったのだ。

 暴刃博士マディストが、ジーラとアースピンクもろとも洞窟基地を爆破しなければ……

 だが詰めの甘さはマディストの常で、基地は半壊したものの、ジーラもアースピンクも生きていた。

 ただし、ジーラは崩落した岩に脚を挟まれて身動きとれない状態で。

 その岩を、どういうわけかアースピンクが持ち上げようとしていた。

「くぅっ……このぉっ! もう少しなのに……!」

「な……何のつもりだ!?」

 訊ねるジーラの顔を見て、アースピンクはマスクの下で、ふっと笑ったようだ。

「見ての通り、あなたを助けようとしてるの。眼の前に苦しんでる人がいたら助けずにいられない性分でね」

「愚かな……我々は敵同士ではないか」

「あなたが逆の立場ならどうする? 自分の剣で倒したのではなく、目の前で勝手に敵が倒れたら」

「ひと思いに止めを刺してやる」

「そういう考え方もあるわね。でも、あたしは正々堂々と戦って勝つほうを選ぶ」

「だから、いまは私を助けると?」

「そういうことよ……くぅっ!」

 アースピンクが両腕に力を込めると、ジーラの脚を挟んでいる岩の重みが和らいだ。

「……ぐっ!」

 ジーラも歯を喰いしばり、両手で地面を引っ掻くようにして岩の下から這い出した。

「……はぁっ!」

 アースピンクが岩から手を離し、大きく息を吐いて、そのまま倒れ込む。

 隣に倒れ伏しているジーラの顔を見て、アースピンクは、くすくすと笑い出した。

「……何がおかしい?」

 眉をしかめるジーラに、アースピンクは笑いながら、

「べつに。助けられてよかったなって思っただけ」

「おかしな奴だな」

「おかしくないわよ。脚は大丈夫?」

 アースピンクは起き上がり、ジーラの怪我の具合を確かめた。

 ジーラは姿かたちは地球人の女と変わらない。しかも地球の基準を当てはめれば、かなりの美女である。

 エナメルのような素材のボンデージ風の黒いコスチュームを纏い、すらりと長い手足を露わにしている。

 その脚は、あちこち擦り傷や痣ができ、左の臑は腫れ上がっていた。

「酷い……これ、きっと折れてるわ」

 アースピンクは腰に差していたアースロッドを抜いた。

 アースロッドはアースファイブが装備する伸縮自在の電撃警棒だ。

 それからアースピンクは変身の解除ワードを唱えた。

「アーススーツ、テイクオフ!」

 アースピンクの姿が一瞬、光に包まれ、ショートカットのボーイッシュな娘の素顔が現れた。

 アースピンクこと百地メイ。

 身に着けているのはカジュアルなシャツとショートパンツだ。

 そのシャツの左右の袖を、メイは手と歯を使って引きちぎった。

 そしてアースロッドをジーラの左臑に添え木としてあてがい、ちぎったシャツで縛って固定した。

「……ぐっ!」

 呻くジーラを、メイは励ます。

「我慢して。いつ助けが来るかわからないし、ちゃんと骨を固定しておかないと、もっと酷いことになる」

「そこまで心配してくれるとはな。しかも自分の武器まで使って」

「お人好しと笑いたければ笑いなさい。でも、あたしはあたしの信念でやってるから」

「お前が敵だというのは惜しいことだな。味方であれば愚か者のマディストより、よほど頼りになるだろう」

「それは、あたしも言いたいわ。何であなたのような人が……」

 メイは、ジーラをまっすぐ見つめて問うた。

「あなたは何のために戦ってるの? わざわざよその星を……地球を侵略するなんて。皇帝の命令だから?」

「私は、私の剣にかけて使命を果たす。それだけだ」

「皇帝の命令は絶対ということ?」

「私の忠誠は単に玉座に捧げるものではない」

 ジーラはメイを見つめ返して言う。

「魔剣の使い手は互いの剣に献身を誓う。皇帝陛下は第一の魔剣《エヴィル・ドミネイター》の使い手」

「皇帝の言いなりなのは同じことじゃないの」

「理解しろとは言わぬ。……いまは、な」

「一生かかっても、あたしには理解できないわよ」

 メイは言って、肩をすくめる。

「……その脚、早く手当てできればいいわね。傷痕が残ったら可哀想」

「可哀想?」

「あなただって女だもの。しかも、せっかく美人だし」

「……本当におかしな奴だな、貴様は」

 ジーラは呆れた顔をする。

 そのとき、洞窟の一方を塞いでいた岩塊が、がたがたと揺れた。

 そして、少女の甲高い叫び声がした。

「ジーラ様っ! いらっしゃいますかっ!?」

「ハウラか!?」

 叫び返すジーラに、また別の少女の声が、

「ケティもいますぅ! いまお助けしまぁす!」

 メイは苦笑いして、

「参ったわね。そっちの助けが先に来ちゃったか」

「安心しろ。私は借りは返す主義だ」

 ジーラは地面に落としたままだった自分の剣を引き寄せ、メイに差し出した。

「私の剣を預ける。それを持っている限り、ハウラもケティも貴様には手を出さん」

「あたしを逃がしてくれるってこと?」

「貴様の好きにしていい」

「逃げるわよ。あなたたちに捕まるのも面白くないもの」

 メイは言って、ジーラから剣を受けとり──

 そして、闇に呑まれた。

 剣から湧き出した黒い霧状の瘴気が、メイの全身を包み込んだのだ。

「な……、何これっ!?」

 慌てて剣を放り出そうとするが、手がいうことをきかない。愕然としてジーラの顔を見る。

「ジーラ、あなた……!?」

「裏切ったとは思わないでくれ」

 ジーラは言った。

「貴様が敵であることが惜しいと言ったのは本心だ。だから、我らの仲間になってもらう」

「ふ、ふざけないで……ああっ!?」

 メイは凍りつくような寒気に襲われた。

「寒い……何で、こんな……くぅっ……」

 全身の力が抜けて、その場に倒れ込みそうになるのをジーラへの意地で踏みとどまる。

 いっそ何もかも投げ出せば楽になれるのだろうけど……

「我が魔剣《ヘル・ディクテイター》が貴様の心を喰らっているのだ」

 ジーラは告げた。

「凡百の者なら全てを喰らい尽くされ抜け殻になるだろうが、優れた戦士である貴様は耐えられよう」

 そして、ニィィィッと凄みのある笑みを浮かべ、

「ただし、地球を愛する心は永遠に喪われるだろうがな。貴様は戦いを何より好む魔剣戦士となるのだ!」

 黒い霧の中で、メイの姿が変化し始めた。

 シャツとショートパンツという着衣が霧と融合し、ジーラと似たボンデージ風のコスチュームになった。

 ジーラに欺かれて茫然自失の表情が、妖艶な笑みへと変わっていった。

「さて、私の剣を返してもらおうか」

 にやりと笑うジーラに、メイも妖しい笑みのまま応じた。

「……ええ……」

 メイは魔剣をジーラに差し出す。

 ジーラは左手で剣をつかむと、それを杖代わりにして立ち上がった。

「ぐっ……さすがに私も折れた脚で立つのはつらいが、貴様に新しい剣を授けてやらねばならぬ」

 ジーラは右手でメイの胸元に触れた。すると──

 メイの体内から浮かび上がるように、新たな剣が出現した!

「第三の魔剣《アース・スレイヤー》! 目覚めよ、斬破将軍メイ!」

 ジーラは魔剣をメイの身体から引き抜いた。

「ふっ……アハハハハハァッ!!」

 メイは高笑いした。

「凄いわ! 身体が軽くなって、いくらでも力が湧いてくる! いまならどんな敵でも斃せるわ!」

 もはや彼女は地球を愛し、地球の平和を守るアースピンクの百地メイではない。

 ブラックホール第四帝国の尖兵、戦いを至上の歓びとする魔剣の使い手、呪われた女戦士メイであった。

 ジーラはメイに魔剣を差し出した。

「受け取れ。お前の剣だ」

「ありがとう、ジーラ。あなたと殺し合う必要がなくなって嬉しいわ」

 メイは剣をつかむと、ニィッと眼を細める。

「その脚で立ってるのはつらいでしょう? 肩を貸してあげるわね」

 メイはジーラを抱き支えると、間近から相手の顔を見て妖しく微笑み、

「ジーラ、あなたって本当に素敵ね。強くて美しくて最高の戦士だわ。あなたと並んで戦うのが楽しみ」

「私もお前という味方を得て心強いぞ、メイ。魔剣の使い手同士、背中の守りはお前に任せよう」

 ジーラは微笑む。

「だが、アースファイブには大打撃だな。四人になって、どこまで戦えるのか」

「あたしの知ったことではないわ。ちっぽけな地球にしがみついてる哀れな連中なんて」

 メイは、くすくすと笑い、

「あたしは魔剣の使い手。皇帝陛下とジーラ……あなたと一緒に、宇宙の全てを征服するまで戦い続けるわ」

「そうだな。思う存分、戦いを楽しむこととしよう」

「ええ、とても楽しみ……」

 そのとき、洞窟を塞いでいた岩塊が、ごとりと向こう側へ転がった。

 そして出来た穴から黒いレオタードを纏った娘がふたり、姿を現した。

「ジーラ様っ!」「ジーラ様ぁ! ご無事ですかぁ!?」

 犬に似た耳と尻尾を生やした娘、ハウラと、猫に似た耳と尻尾を生やした娘、ケティだ。

 彼らはジーラとともにいる女の姿を見て、ぎょっと顔をひきつらせた。

「あ……アースピンクっ!?」「アースピンクがどうしてジーラ様のコスプレしてるのよぉっ!?」

「その名前は捨てたわ。あたしは第三の魔剣の使い手、斬破将軍メイよ。よろしくね、仔猫ちゃんたち」

 にんまりと笑ってみせるメイに、ハウラとケティは困惑した様子でジーラの顔を見た。

「ジーラ様っ、どういうことですかっ!? どうしてアースピンクなんかを魔剣戦士にっ!?」

「そうですよぉ、ケティだって魔剣戦士になってジーラ様と一緒に戦いたいのにぃ!」

「気持ちは嬉しいが、残念ながらお前たちでは戦士として未熟だ」

 ジーラが答えて言い、メイがくすくすと笑って、

「そういうことよ。ヤキモチ妬かないの、可愛い仔猫ちゃんたち」

「……ぶぅぅぅっ! いまは魔剣戦士だとわかっても、アースピンクの顔で言われるとムカつくっ!」

 ハウラがふくれ面をして、ケティは泣きそうな顔になり、

「ジーラ様ぁ、ケティも頑張りますからぁ、いつか魔剣戦士にして下さいねぇ……!」

「本当に可愛いわ、あなたの仔猫ちゃんたち。一匹分けてほしいくらいよ。さて、ここから出ましょうか」

 メイはジーラを支えながら洞窟の出口へ向かって歩き出した。

 ハウラとケティも釈然としない顔のまま、あとについて来る。

 メイは言った。

「ところでジーラ、あたしが仲間になったからには、もうマディストに用はないわよね?」

「そうだな。奴の始末が残っていたか」

 ジーラは頷いて、

「我らが生きて還ることが、そのままマディストの裏切りの証拠になるが、それだけでは面白くない」

「基地を爆破したのは、あなたとマディストで打ち合わせ済だったことにすればいいのよ」

 メイは言って、にやりと笑ってみせる。

「全てはアースピンクを生け捕りにして魔剣戦士に変えるための策略というわけ」

「マディストをかばってどうするのよっ!」

 噛みつかんばかりにハウラが吠えて、ケティも呆れ顔で、

「ジーラ様ぁ、こいつ役立たずですよぉ、魔剣を取り上げて追い出しちゃいましょうよぉ!」

「そう言うな。話は最後まで聞くものだ」

 ジーラは苦笑いで、メイに先を促した。

「マディストに恩を売って、それでどうするのだ?」

「あいつの性格は、あたしがアースピンクだったときから見ていてわかった。無能な癖にプライドだけ高い」

 メイは言葉を続ける。

「それを逆手にとって、逃げ場のないところに追い込んでやるの。あたしが皇帝陛下の前で言ってあげるわ」

 メイは皇帝に奏上するつもりの台詞を、芝居がかった抑揚をつけて語ってみせた。

「勇敢なマディスト様は、あたしが教えたアースファイブ基地へ単身で乗り込み奴らを殲滅する計画です!」

「なるほど。陛下の前でそう言われてしまえば、マディストも、できないとは言えまい」

 ジーラは、くっくっと笑い、

「一人減ったとはいえアースファイブを相手に、マディストがどこまで戦えるか見ものだな」

「いっそ爆弾を抱えてアースファイブ基地に突撃して自爆してみせてくれれば立派だけど」

 メイも笑って、

「それでもやっぱり失敗しそうだわ、あの愚か者は」

 そして、ニィィィッと眼を細めて妖しい笑みになり、

「結局、アースファイブはジーラとあたしの剣で斃すことになるでしょうね」

「あのぉ……メイ様は、仲間だったアースファイブと戦うことにためらいはないのですかぁ?」

 ケティがメイの顔色を窺うように訊ねた。するとメイは、くすくすと笑って、

「あたしを疑うということは、あたしを魔剣戦士に変えたジーラを疑うのと同じことよ、仔猫ちゃん?」

「いえいえ、そんなつもりはないですぅ、ケティはメイ様を信じますよぅ」

 ケティは、にまあっと笑う。

「だってメイ様、とっても素敵な『悪いお顔』で笑ってらっしゃるんだもの。ぞくぞくしちゃいますぅ」

「ありがとう、仔猫ちゃん。これからずっと仲良くしましょうね、よろしくね」

 くすくす笑っているメイに、ハウラは、ばつが悪そうに口をとがらせて、

「わたしだってメイ様を信用してないわけじゃないですっ、だってジーラ様がメイ様を信じてますからっ!」

「ワン子ちゃんも、あたしを仲間と認めてくれたのね。嬉しいわ」

 メイは、にっこり笑うとジーラに告げた。

「ねえ、ジーラ。あたし、まだあなたに貸しがある筈よね?」

「さて、どうだったかな」

 ジーラは苦笑いで、とぼけてみせる。

「アースピンクに借りは作ったが、魔剣戦士のお前とは互いに献身を誓う仲。貸し借りなどない筈だが?」

「ずるいわ。あたしが、そのアースピンクだったのに」

「私がメイに借りがあるとして、どんなかたちで返してほしいのだ?」

「それはね、ジーラ……」

 メイはジーラの顔を見ると、くすっと笑い、

「……やっぱり、いいわ。いまのあたしは魔剣戦士で、あなたと力を合わせて戦える。それで充分」

「メイ、魔剣戦士となったお前の姿、よく似合っているぞ」

「ありがとう、ジーラ。この姿を、早くアースファイブの奴らにも見せてやりたい」

「さぞかし驚くだろうな」

「もちろん驚くわよ。でも容赦なんてしてあげない。それが戦士としての礼儀だもの」

 メイは妖しく笑って言った。

「アースファイブの『元』仲間たちは、あたしがこの手で葬ってやるの」

「独り占めされるのは、つまらないな。私にも一人か二人、分けてくれ」

「それも貸しにしておいていいかしら?」

「魔剣戦士同士で貸し借りは無しだと言っているだろう」

「あたしは『元』アースピンクとして言ってるのよ。昔の仲間を売るわけだからね」

「幾らなら売ってくれるつもりなのだ?」

「ふふっ……高いわよ」

 メイとジーラは、妖しく笑い合う。

 

 

 その十日後、アースファイブは壊滅し、地球はブラックホール第四帝国によって征服された。

【完】


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