に戻る  に戻る
みなみやま2009winter韓国その6禅教西宗大本山曹渓山仙巌寺
鄭 銀淑著『マッコルリの旅』を歩く全羅道「酒と食」紀行6
2009 「昇仙橋」 「昇仙橋」

「歩き方」「旅スケ」掲載『全羅道「酒と食」紀行』
釜山から全羅道/順天・麗水・全州へ。大田・テジョンから釜山へ鉄道の旅。 旅行時期:2009/02 旅行先: 【韓国】チョンジュ(全州), スンチョン(順天)



2009「順天市内バス?」 順天市内バス1番2009「順天市内バス  」
韓国一人旅の移動手段の基本は「公共バス」だ。
「市内バス」「座席バス」「市外バス」「高速バス」と多様だ。
このピンクのバスは、順天市内バス(座席バス?)1番1500ウォン(「歩き方」調べ)

2009「  」 2009「  」
禅教西宗大本山曹渓山仙巌寺門前食堂

門前にはモーテル、食堂(シクタン)が必ずある。
今回は、ガイドさんの案内で手前のシクタンに入った。
山菜ビビンパプ6000ウォンで少し高め。
ソウルから来た若い女性と相席した。
興味をもたれたようだったが、それ以上は遠慮した。
帰りは同じムグンファ号だった。
ソウルといっていたが、水原(スワン)だと後で聞いた。
水原着は深夜11時過ぎだった。


2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」
禅教西宗大本山曹渓山仙巌寺
2009「禅教西宗大本山曹渓山仙巌寺
鐘楼  」 2009「禅教西宗大本山曹渓山仙巌寺
鐘楼  」
禅教西宗大本山曹渓山仙巌寺鐘楼  

今回も韓国ツアーで思ったこと。

韓国のツアーはしっかり歩くことが多い。
そうすると足元が大事になる。
つまり靴が歩きやすいものにすることが必要だ。

特に女性は・・・・・・おしゃれ先行でヒールが高い場合が大変だ。
今回はまだましだった。
2009「  」

また、韓国の寺は山奥に多い。
駐車場から、山門までずいぶん歩くのが普通だ。

禅教西宗大本山曹渓山仙巌寺(仙岩寺)もそうだった。
韓国では禅宗は「禅教」と表記。
2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「  」
参道は冬枯れで枯れ木が目立つ。
寒さが身にこたえるが、教は小春日和で何より。

ガイドさんが先頭で、時折の説明を聞く。
内容はわからないが、特に気にならない。
2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」
参道の途中にソンセンギョ昇仙橋があった。
有名な石橋らしく、観光パンフには必ず登場している。

「ソンセンギョ昇仙橋」と 石柱には漢語明記されている。
ここは韓国なのかと思うのが、日本人には都合がいい。

2009「ソンセンギョ昇仙橋 石柱 」 2009「ソンセンギョ昇仙橋・銘板」
普通は通り過ぎるだろう橋を対岸に渡ってじっくりと見る。
一人でないのがいいのだ。
2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」

季節が冬なので緑の季節になればまた違う姿になるだろう。
2009「曹渓山仙巌寺  」 2009 「昇仙橋」 
これが一番いいショットだ。
2009「「昇仙橋」  」 2009「ソンセンギョ昇仙橋  」

橋の向こうには山門が見える。
二楼に上がれるのは、韓国風だ。
2009「  」 2009「  」

これで橋の見学はおしまいだ。
いよいよ寺院が近づいた。
2009「  」
小さな池とお土産を売る店がある。
この池も、有名のようだ。
今は冬枯れで、水も抜いてある。
2009「  」 2009「  」
次は、字の通り、「下馬碑」だ。
ここで、貴賤に関係なく、馬を降りて歩く決まりだったそうだ。
2009「  」
総本山でも、山寺なので山門は小さい。
2キロ近く歩いて山門に到着したのだった。
2009「  」 2009「曹渓山仙巌寺  」

山門を入る。
2009「  」

山門を入ると、鐘楼が見えた。
日本と少し構造が違うが、表面には漢語が書かれている。
2009「曹渓山仙巌寺鐘楼  」 2009「曹渓山仙巌寺  」

韓国の寺院は、装飾が色鮮やかだ。
それに比べ石柱は、地味だが、創立当初からの歴史があるものが多い。
石文化の特徴がある。
2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」
2009「曹渓山仙巌寺  」



2009「曹渓山仙巌寺  」

2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」

2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」

2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」


2009「曹渓山  」曹渓山

2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」

ガイドさんが、木彫りの扉をわざわざ閉めて彫刻を見せてくれた。

2009「曹渓山仙巌寺  」
大きなこの木はこの寺の歴史を語ってくれそうだ。
2009「曹渓山仙巌寺  」 2009「曹渓山仙巌寺  」

こんな松の木を日本の禅宗の寺でも見たことがある。

これで主な寺院の見学はおしまいだ。
もう一度気になるところを確認しながら山を降りる。

この寺にも梅の木や桜の木が多い。
ガイドさんが、いろいろと説明をして、みなみやまにも同意を求めてくれた。
「イルボン」「イルボネソ」という言葉が盛んに聴かれた。
2009「  」 2009「  」
これは鼓楼だ。
中国でも鼓楼をよく見た。
中国では、寺院と関係なく、城郭内の町の人用に時刻を知らせる役目を持つ。
ここは、山内だ。
民家はなく、寺の僧たちへの伝達がオモだ。
2009「  」 2009「  」
2009「  」 2009「  」
鐘楼が最も興味深いものだった。
やはり歴史を感じるからだ。
まさに、「山寺の鐘」なんだ。
2009「  」
帰りは、行きとは違う道を登った。
息が切れる。
杉やヒノキの説明があった。
さらにそう向こうには、新築の建物群が。
これは、寺とは別のテンプルステイ用の建物のようだ。
2009「  」 2009「  」
これで、参道をおりる。
時間は1時前。
昼食に向かう。

2009「  」 2009「  」
昼食は自由に取る様子。
しっかり、ガイドさんについていく。
2009「  」
昼食は、山菜ビビンパプを頼んだ。
値段は先に書いたように6千ウォン。
定食は、1万ウォン。
食べ切れなくてもそれでも良かったかも。

それから、マッコルリもあった。
おそらくかめなので遠慮した。
飲んでも良かったかも。

やはり、コンナムル(豆もやし)がおいしい。
おかずは相変わらず多い。
これで、ツアーの前半は終了だ。
2009「  」 2009「  」
あとは、メインの楽安邑城民俗村と順天湾の見学コースだ。
この見学コース、甘く考えていたようだ。
さてどうなったか?

   に戻る  に戻る




2008「」