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みなみやま2009winter韓国その7楽安邑城民俗村
鄭 銀淑著『マッコルリの旅』を歩く全羅道「酒と食」紀行7
2009「楽安邑城」2009「楽安邑城」 「楽安邑城」(ナガンウプソン)

「歩き方」「旅スケ」掲載『全羅道「酒と食」紀行』
釜山から全羅道/順天・麗水・全州へ。大田・テジョンから釜山へ鉄道の旅。 旅行時期:2009/02 旅行先: 【韓国】チョンジュ(全州), スンチョン(順天)


ツアーバスは、禅教西宗大本山曹渓山仙巌寺を出て、山間の道をしばらく走った。
冬枯れで、きれいではないが春になれば若葉が出てきれいだろう。
ダム湖を見ながらその後はひたすら山を降りて平野部へ向かった。
楽安邑城は山を下りた平野部のふもとにあった。
2009「楽安邑城  」 2009「楽安邑城  」
2009「楽安邑城  」 2009「楽安邑城  」

やはりこの風景が楽安邑城の特徴だろう。
案内は、どうしても官衛(かんが)に行きがちだ。
しかし、楽安邑城の素晴らしさは、やはり藁葺きの草家(チョガ)だろう。
日本では、藁で屋根は葺かないのだ。
そこが、韓国とは違うところだ。

2009「  」 2009「  」
これが楽安邑城(ナガンウプソン)のパノラマだ。
周囲が城壁で囲まれている。
車は入れないが、西門からは工事用など自動車は入れるそうだ。
自家用車は、城壁の外に置かれるそうだ。
家屋の特徴を少し近くからの映像で見ていただこう。
2009「  」 2009「  」
2009「  」 2009「  」
個人旅行で来れば、半日ゆっくり時間が過ごせそうだ。
「安東河回村草屋」
「安東河回村草屋」 「安東河回村草屋」 「安東河回村草屋」 「安東河回村草屋」
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「済州島ソンウプミンソクマウル城邑民俗村 ・石像トルハルバン「いしのおじいさん」起源は不明 」
2009「済州島ソンウプミンソクマウル城邑民俗村」 2009「済州島ソンウプミンソクマウル城邑民俗村」 2009「済州島ソンウプミンソクマウル城邑民俗村」 2009「済州島ソンウプミンソクマウル城邑民俗村」


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2009「済州民俗村博物館
」 2009「済州民俗村博物館
」


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さて、見学コースを追って紹介しよう。
城外の駐車場でバスを降りる。
そこから500メートル歩くと場内案内図と切符売り場がある。
2009「楽安邑城3.1独立運動記念碑  」 2009「楽安邑城入口と山  」
「楽安邑城3.1独立運動記念碑と楽安邑城入口と山。
2009「  」 2009「  」
ここで、楽安邑城の説明版と案内図がある。
ガイドさんが説明を始める。
話半分で、説明版の撮影をする。

説明版は、ハングル、英語、中国語(漢語)、日本語で書かれている。
日本人の観光客も来るというのだろうか。
漢語の説明のほうがシンプルだ。
漢語の雰囲気で内容は理解できる。


2009「楽安邑城説明版  」 2009「  」 2009「楽安邑城入場券売り場  」
左手が入場券売り場だ。
料金表を拡大しよう。

オリン(adults)--------------2000
★(students and soldiers)------1500
オリニ(children)--------------1000

わかりやすい料金表だ。



2009「  」 2009「  」
ところが、ここでガイドさんが突然みなみやまに声をかける。
それは、日本人のガイドがいるので案内をその女性に任せるというのだった。
その女性は、入場券売り場におられた。

突然なのだが、そこは好意に甘えることにした。
ということ、日本語ガイドにみなみやまひとりという贅沢な見学となった。

2009「  」
まずは、ケクサだった。
「客舎」と書く。中央からの官僚をここでもてなす。
この言葉は全州で覚えた。

2009「  」 2009「  」
官衛は右手の東が左の西に比べ地位が高いということだった。

2009「オンドル焚き口」 2009「オンドル煙突」

「オンドル焚き口」と「オンドル煙突」。

ところで、日本人ガイドのMさん。
結婚して、楽安邑城の近くの農村に住んで15年という。
携帯の電話もハングルでこなすそんな女性だ。
ガイドがなれているわけでもない控えめな女性だった。

話していて、控えめな女性だということがわかった。
時間が制約されなければ、もっとゆっくり話が出来たのだが。

彼女が紹介してくれたのが、このオンドルの焚き口と煙を出す煙突だ。
こんなときは、日本語が通じていいなと思う。

みなみやまが韓国になじんでいることを察して説明もしてくれたのだ。
2009「  」

2009「  」 2009「  」

その後は、官衛の見学は手短かにして、草家(チョガ)を城壁から見ることをすすめてくれた。

2009「楽安邑城  」 2009「楽安邑城  」
2009「楽安邑城  」 2009「楽安邑城  」

それがこの有名な風景だ。
城壁の小高い部分から降りると、他のツアーのメンバーがガイドさんの説明を受けていた。
無事、合流できたのだ。
ここで礼を言ってガイドさんと別れる。

あとは、最初の入口の城門に戻る。

2009「  」 2009「  」
入口の城門の内側には、数少ないお土産屋さんがあった。
みなみやま的には、古い草家の雰囲気は残しているので、合格だ。
2009「  」

そのみせの裏側から再び城門に上がった。
改めて楽安邑城場内を撮影した。
正面入口から、草家はこんな感じで配置されている。
2009「  」 2009「  」 2009「  」 2009「  」

落ち着いた村のたたずまいだ。
ドラマのロケ地として役に立つだろう。

それから,電線が見当たらないことにお気づきだろうか?
その点を、Mさんに聞いてみた。

即座に、電線は地下に埋められているとの答えがあった。
電柱一本で、ずいぶん雰囲気が違ってくるはずだ。
2009「  」 2009「  」
城壁のこの石組みは、石文化を表している。
そして、この城壁は単に国内的な防衛だけではなく、倭寇の襲来を防ぐためだという。
かつてこの地にまで、倭寇が押し入っていたということ自体が、驚くべきことなのだ。
楽安邑城は海から数十キロも離れているからだ。
2009「  」 2009「  」
この厳重な城壁がそのような日韓交流の歴史を物語っていること自体
日本の九州(壱岐・対馬いずれも長崎県)と韓国の地理的近さを示しているのだろう。
2009「  」
これで楽安邑城の見学は終了に向かった。
2009「  」 2009「  」

再び、ツアーバスに戻る。
そろそろ夕方が近づいてきた。

とガイドさんが時間を気にしだしたころだったが、若いカップルが予定時間になっても帰ってこない。

二人がバスに戻ってきたときには、時間をロスしていた、

次は、最後の見学地、順天湾の自然に触れるという内容だった。

2009.2.26みなみやま記


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