小樽・登別の旅
平成15年10月26日〜27日
千歳インデアン水車ー昭和新山ー有珠山ー
洞爺湖ー地獄谷ー登別温泉ー小樽

千歳市の千歳川に設置されているインデアン水車遡上してくる鮭を捕獲する装置。
この横に千歳サケのふるさと館がありサケの生態の判る水族館であった。



有珠山に登る途中のロープウエイの車中から昭和新山と左側洞爺湖を写す。昭和新山が畑の土地が隆起して出来たとは想像もできない。現在は個人の所有で中に入れないそうだ。



有珠山ロープウエイ車中から洞爺湖の中島を望む。



洞爺湖岸から中島を望む。



登別温泉地獄谷の夕方の光景。



登別温泉地獄谷の夕方の光景。上の写真より遅い時間の撮影で、より太陽の光が赤みを帯びただけ紅葉も赤くなった。



朝方の登別温泉街。このようにみやげ物屋などが残っている温泉地は少なくなり、温泉情緒が失われつつある。
と言って、私の泊まった旅館(ホテル)は400室以上もある巨大旅館で、一旦館内に入ると、外に出る必要がない設備で、この写真は朝の出発時に、旅館の前を写しただけのもの。



小樽市祝津にある旧青山別邸。
祝津のニシン三大網元の一つ青山家の別邸。私も各地を歩いて、あちこちと豪邸を見ているが、これほどお金をかけ、贅を尽くした建物は見たことないと思う。廊下にまで春慶塗りの漆が塗られ、まるで光った高級なお盆の上を歩いているようだった。
「本間様には及びもせぬが、せめてなりた殿様に」と云われた日本で最大級の豪商、酒田の本間家に優る建物をと建てられた。



小樽鰊御殿。
積丹半島泊村の大網元田中福松が泊村照岸に、明治30年頃7年の歳月をかけて建設したニシン番屋。
昭和33年に現在の場所(小樽市祝津3丁目)に移築された。
間口29m・奥行き13mと現存する鰊番屋では最大級のもの。



和光荘。
大正11年に建てられた、北の誉酒造の経営者野口家の自宅だったが、昭和25に特殊な高級ホテルとして開業し。昭和29年には昭和天皇・皇后の両殿下が宿泊されている。現在は北の誉酒造のクラブになっている。


小樽を代表する観光施設兼販売店の北一硝子三号館。
旧木村倉庫を再生利用したもので、石造り倉庫の再生利用で最初の成功例。他の石造り倉庫の転用を促した功績は大きい。

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